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2006.05.09

不正と希薄さを思わせるJRA の演出

社会に受け入れられる為には、大衆に好意を持って参加してもらう必要があります。

ところがタレントに金を掴ませ好きに踊らせておいて、自らはその陰に隠れる、という、まるで市民を馬鹿にしたどこかの党の選挙応援のようなJRAの広報戦略に一体どれだけの人が共感し、それに参加しようというのでしょうか?

あげくの果て、とでも言いましょうか、誰も望んでもいなかった珍妙な企画が現在進行中です。GIレースクイーン( http://www.jra.go.jp/info/0605/20060501-tokyo_07.jpg)なる、まさしく、どこの馬の骨かという水着ギャル?の登場には全く唖然とさせられました。
何でも彼女達は「競馬場を盛り上げてくれる」そうです。あんなものに競馬場をうろつかれて、一体誰が気分を良くするのだろうか、と思っているのは私だけでしょうか?

競馬場は、「馬」と「競馬ファン」の真剣勝負の場であります。
それをまるっきり理解せず、増して、たいしたルックスもないのに、「私たちに会いにきてね」はないでしょう。「競馬ファン辺りには、あのレベルを与えておけば十分」とでも言うのでしょうか?
JRAにおける競馬ファンへの認識は「メイド喫茶を与えられたアキバ系以下の扱い」たることがここにはっきりした、と私は思っています。

もっとも、彼女達が実は素晴らしく競馬に通じていて、各々が今回の五週連続G1のレースの意義、歴史的経緯、有力馬のプロフィールなどなどを全員スラスラと語れるのならば、百歩譲って「キャンペーンギャル」と呼べる代物になり得るのでしょうが・・・。

今時ビール会社でも、いや自治体イベントですら、キャンギャルを地元ラジオ番組あたりに出演させて、自社商品の特徴をトークでPRさせるのが常識の時代です。知識の無い人材は広報をする資格が無いのです。
まさかJRAともあろう組織が、それに劣る企画を打つとは考えられないのですが・・・。

彼女達の活躍ぶりは実に楽しみですね。

いやいや、ああいう人材を起用した時点で、「ああ、いかがわしい選考で表に出てきた人達なのだな」「ああ、広告代理店にコケにされて金をむしり取られているのだな」という想像が真っ先に出てくるほど日本の社会は変化しています。
このダーティなイメージたるや、JRAが意図するメッセージとまるで逆なのは傑作です。もはや単なる「逆広告」でしかないのです。

もう今に始まった事ではないのですが、ジャニタレCM流す→ジャニオタ競馬場に大挙、のような、実に安易な図式の広報も競馬ファンを舐めた姿勢ではないでしょうか。

しかも嘆かわしい事に、今年のCMは中居氏主演のドラマ仕立てで、競馬はあくまで架空の存在なのであります。
これはスポーツイベントの宣伝手法としては非常に疑問なのです。

例えば、サッカー日本代表戦のCMで「選手の絵」を出さないCMはまず絶対に考えられません。
亀田兄弟がボクシングをするという宣伝に、亀田自身を起用せず、アニメや妙なタレントを使ってCMするでしょうか?
仮に、そんな宣伝で「十分な宣伝効果がある」と誰が発言する事ができましょうか。

JRAのCMはスポーツイベントとしての「真剣味」が全く伝わらないのです。
これは大問題である、となぜ議論にならないのでしょうか。

(個人的な考えですが、「駅の売店やコンビニで競馬新聞を買い込んで、それを開く」というありふれた瞬間でさえも、十分な興奮と集中力、スピード感が存在すると思っているのですが、そういう価値観の提示をした競馬のCMはいまだ見た事がありません。)

もし来月、宝塚記念直前のCMでディープインパクトの「デ」の字も出なかったら、JRAはカスである、と断言するしかありません。

バラマキ体質がいかに市民に反感を持たれるか、を理解していない様はまるで小泉以前の腐った自民党を見ているようです。
いまだバブル真っ盛り思考のJRAの方々の打ち出す「アナクロ企画」の数々によって、ますます人々の心から競馬が離れていくのを危惧するばかりである、と少しだけ「一応の本音」を述べておきます。

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