2006.07.06

ラムタラ売却は登録馬名の時点から

ラムタラが2750万円で売却が決定しました。
買ったときの消費税にもならない格安価格にて世紀の名馬(?)無事帰国、と相成ったわけですが、これは一昨年、同スタッドで過去に繋養されていたケンタッキーダービー馬ファーディナンドが流れ流れてどうも食肉にされてしまったらしいという国際的にはショッキングなニュースが米国ブラッドホース誌から報じられ、世界中から袋叩きにあったという苦い経歴があるだけに下手な処分はできず、東奔西走というバックグラウンドがありそうです。

思えば、ラムタラが輸入された当時はサンデーサイレンス旋風初期にあたりまして、「俺は静内、私は荻伏」などと昔ながらの地区対抗意識もまだ旺盛な時代でありました。
つまりは「早来の社台なんかにいつまでも負けてたまるか」というクラシックなライバル心が無謀な種牡馬導入につながったのですが、逆にこのラムタラがもたらした悲惨なまでの失敗が日高の過剰なまでの投資意欲、種牡馬導入ラプソディに終止符を打ったのであります。
そういう意味では、ラムタラは記念碑的な種牡馬であったと言うことができるでしょう。

私の記憶が確かならば、社台グループに莫大な利益をもたらしたサンデーサイレンスですが、はじめは社台グループではなく、静内あたりの生産者グループが先手を打って獲得に動いていたという因縁があったはずです。つまり「事が運んでおれば、今頃サンデーは我が手中にあった」という大変な悔しさもラムタラ獲得の引き金になったと。
ついで申しますと、静内生産者連合の本命はラムタラではなく、カーリアンだったと記憶しております。確かにカーリアンならばサンデーに対抗できる産駒をもたらしてくれたのではないかと思いますが、円が世界を席巻していた当時でさえ、欧州の生産界は「売れる種牡馬」とサドラーズウェルズやカーリアンなど「絶対手放さない種牡馬」は分ける明確な意識があったのです。
そこで、当時種牡馬2年生のラムタラならば購入の可能性があったので、買いに動いた生産者達もサンデーの二の舞は御免とばかりに引くに引けず、導入に踏み切ったという経緯だったはずです。

このニュースが流れた当時は獲得金額の高さゆえに「成功が約束された種牡馬」といった誤った報道が多かったのですが、当時は単なる競馬好きの厨房に過ぎなかった私ですら「ニジンスキー最後の大物としての面白さはあっても精神力で走った馬に遺伝を期待すべきではない。オグリキャップがそうであったようにリーディングサイアーは期待薄。3歳秋までの競走生活で僅か4戦という体質の弱さもあり、大失敗の可能性の方が高かろう。40億円の値打ちがあるとはとても思えない。」と個人的には考えていたものです。

皮膚が薄い、惚れ惚れするほど品がある、というのがラムタラに対する一般評でしたが、それはまあ英オークス馬の直仔という良血であれば、10戦未勝利レベルでもそのくらいは持ち合わせているもので、そんな事で褒めてもらえるならグリーンアプローズやトーセンダンスにももう少し名声があっても良いのではないかと思います。
あのマイネル軍団がただの1頭もラムタラ産駒を生産、購買していないという事実からも、生まれてきた産駒の中に達人の眼力にかなう素質馬はいなかった模様です。

結局、世紀の名馬としてマスコミの話題をさらった産駒の多くはお金持ちの旦那衆や、日高の生産者グループが運営するクラブ法人に所有されることとなり、G1を勝つ事無く競馬場から去っていきました。

ラムタラ産駒は全体的にフィジカル面に優れておらず、繊細な印象を受ける産駒が多いのです。ついで言うと、精神的にも繊細さを多分に感じさせる産駒がほとんどで、勝負の世界に不向きな産駒が多かったと思います。
サンデー産駒を「オリンピック級の黒人選手」とすれば、ラムタラは「専門学校育ちのバレリーナ」にも例えられましょうか。この二者が走りで勝負すれば勝敗は明確です。

「種牡馬としては失敗に終わったが、良血ゆえに母の父として期待できる」とはよく言われるところですが、ラムタラ牝馬については、このような理由からも後世に期待できる要素が少なく、安易な慰めは懐疑的に捕らえる人が多いと思います。
「良質のニジンスキー血統」というあくまで限定的な理由を活路にラムタラの血統は生産界に残っていくものと思われます。

40数億円が何をもたらしたかといえば、日本の競馬界全体の資産を消費し、体力を削いだに過ぎない、と結論付けられるのではないでしょうか。
もっとも、当初「ラムターラ」と格式を感じさせる呼ばれ方をしていた同馬が「ラムタラ」と"肉と魚の混成みたいな馬名"で登録された時点で、この結末は予感していたのですけれども。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.05.09

不正と希薄さを思わせるJRA の演出

社会に受け入れられる為には、大衆に好意を持って参加してもらう必要があります。

ところがタレントに金を掴ませ好きに踊らせておいて、自らはその陰に隠れる、という、まるで市民を馬鹿にしたどこかの党の選挙応援のようなJRAの広報戦略に一体どれだけの人が共感し、それに参加しようというのでしょうか?

あげくの果て、とでも言いましょうか、誰も望んでもいなかった珍妙な企画が現在進行中です。GIレースクイーン( http://www.jra.go.jp/info/0605/20060501-tokyo_07.jpg)なる、まさしく、どこの馬の骨かという水着ギャル?の登場には全く唖然とさせられました。
何でも彼女達は「競馬場を盛り上げてくれる」そうです。あんなものに競馬場をうろつかれて、一体誰が気分を良くするのだろうか、と思っているのは私だけでしょうか?

競馬場は、「馬」と「競馬ファン」の真剣勝負の場であります。
それをまるっきり理解せず、増して、たいしたルックスもないのに、「私たちに会いにきてね」はないでしょう。「競馬ファン辺りには、あのレベルを与えておけば十分」とでも言うのでしょうか?
JRAにおける競馬ファンへの認識は「メイド喫茶を与えられたアキバ系以下の扱い」たることがここにはっきりした、と私は思っています。

もっとも、彼女達が実は素晴らしく競馬に通じていて、各々が今回の五週連続G1のレースの意義、歴史的経緯、有力馬のプロフィールなどなどを全員スラスラと語れるのならば、百歩譲って「キャンペーンギャル」と呼べる代物になり得るのでしょうが・・・。

今時ビール会社でも、いや自治体イベントですら、キャンギャルを地元ラジオ番組あたりに出演させて、自社商品の特徴をトークでPRさせるのが常識の時代です。知識の無い人材は広報をする資格が無いのです。
まさかJRAともあろう組織が、それに劣る企画を打つとは考えられないのですが・・・。

彼女達の活躍ぶりは実に楽しみですね。

いやいや、ああいう人材を起用した時点で、「ああ、いかがわしい選考で表に出てきた人達なのだな」「ああ、広告代理店にコケにされて金をむしり取られているのだな」という想像が真っ先に出てくるほど日本の社会は変化しています。
このダーティなイメージたるや、JRAが意図するメッセージとまるで逆なのは傑作です。もはや単なる「逆広告」でしかないのです。

もう今に始まった事ではないのですが、ジャニタレCM流す→ジャニオタ競馬場に大挙、のような、実に安易な図式の広報も競馬ファンを舐めた姿勢ではないでしょうか。

しかも嘆かわしい事に、今年のCMは中居氏主演のドラマ仕立てで、競馬はあくまで架空の存在なのであります。
これはスポーツイベントの宣伝手法としては非常に疑問なのです。

例えば、サッカー日本代表戦のCMで「選手の絵」を出さないCMはまず絶対に考えられません。
亀田兄弟がボクシングをするという宣伝に、亀田自身を起用せず、アニメや妙なタレントを使ってCMするでしょうか?
仮に、そんな宣伝で「十分な宣伝効果がある」と誰が発言する事ができましょうか。

JRAのCMはスポーツイベントとしての「真剣味」が全く伝わらないのです。
これは大問題である、となぜ議論にならないのでしょうか。

(個人的な考えですが、「駅の売店やコンビニで競馬新聞を買い込んで、それを開く」というありふれた瞬間でさえも、十分な興奮と集中力、スピード感が存在すると思っているのですが、そういう価値観の提示をした競馬のCMはいまだ見た事がありません。)

もし来月、宝塚記念直前のCMでディープインパクトの「デ」の字も出なかったら、JRAはカスである、と断言するしかありません。

バラマキ体質がいかに市民に反感を持たれるか、を理解していない様はまるで小泉以前の腐った自民党を見ているようです。
いまだバブル真っ盛り思考のJRAの方々の打ち出す「アナクロ企画」の数々によって、ますます人々の心から競馬が離れていくのを危惧するばかりである、と少しだけ「一応の本音」を述べておきます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.04.30

フランス行きチャーター機で日本人旅行者大量輸送を!

レコード1.0秒更新によって、有馬記念敗退の汚名は払拭できました。というよりやり過ぎではないかと思える程の芸当で、これで同馬に破格の評価をしない論客は完全にいなくなったのではないでしょうか。
前のレコードは厳しい流れを漁夫の利で勝ったマヤノトップガンのものであり、自分で作ったディープインパクトのラップは更に価値が高いものです。本当に強い馬のレースを見せてくれました。しかし、この時期なら470kgあたりで当然レースをしているものとばかり思っていましたが、体重が一向に増えてこないあたりは唯一不安を感じますがこれも贅沢な話でしょうか。

語学堪能であれば、ディープインパクトは間違いなく現在世界最高のサラブレッドです。と喧伝して回りたいのですが、サラブレッド血統センターのMLを見ていると諸外国の競馬関係者も皆知っているようで、南米までその名声は轟いているそうです。
この流れをゴドルフィンが知らない訳がなく、オーナーサイドに破格のオファーが届いているという噂もあり、今後社台スタリオンと前代未聞の壮絶な綱引きが演じられる事でしょう。

早速、「ディープインパクトがロイヤルアスコットに登録」というニュースが登場しており(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060428-00000098-jij-spo)、いよいよ来るべき時が来たという感じです。馬場の良いコースを厳選しての欧州ツアーが組まれるのは、もはやエルコンドルパサーの時からの定石なのですが、意外に「馬場の重い欧州では不安」といった声が散見されておりまして、まだまだ日本の競馬ファンの見識はIKレベルというか(笑)、ゲームの域を出ていないのだな、と感じました。エルコンドルパサーで味わった「贅沢な悔しさ」をいかにして雪辱するか、というのが現実的な見立てで、賞味の所「リボー以来の衝撃をロンシャンで」といった所ではないでしょうか。

本日はファンの空気を味わおうとウインズにて観戦しておりましたが、ディープインパクトという馬は「ファンが期待しているレースを分かりやすく体現する馬」なのですね。刹那感や射幸心などいわゆる競馬的なものを感じさせない馬で、ギャンブル的なドキドキ感はほとんどありませんが、ワクワク感を提供してくれる馬で、まさしくヒーローの登場を皆で楽しむといった前代未聞の馬です。寺山修司ならこれをどう評しただろうか、と思います。

もうJRAは旅行会社とタイアップして、飛行機1機を丸々チャーターしてフランスへ飛ばすのを検討しても良いくらいではないでしょうか。エルコンドルパサーの時ですら直前のエールフランスは満席になったといいますから、500人くらいは軽く集まるでしょう。その500人が持ち帰った感動こそが「競馬を社会に知らしめるもの」になると思うのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.04.11

スカパーJ Sports(ESPN)にて米競馬の番組開始

ぼんやりスカパーをつけていると、明日から放送開始なんですね。ESPNの競馬中継の番組です。

J SPORTS ステークス

ブリーダーズカップ、ベルモントステークスなどの米国競馬を中心に紹介していく海外競馬専門番組。
> 放送予定
初回がウィンスターダービー(G3)、2回目がレキシントンステークス(G2)。
オイオイ、肝心のケンタッキーダービーはスルーですか?
放送レースが限定的ですが、ベルモントステークスとブリーダーズカップはやるみたいです。
料金体系を見ると月998円と割高なんでネックですが、海外サッカーなどパックセットのおまけとしては魅力ですね。
生放送かどうかはちょっと分かりませんが、今後に注目。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.04.02

A.ベイヤーがハーツクライの快勝にブチ切れたようで

「なぜ日本の競馬では日本人しか馬主になれない」「1着賞金1億5000万の日本ダービーに参加させろ」、という意見がワシントンポスト紙に掲載されたのですが(ttp://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/03/27/AR2006032701463.html)、いかにスピード指数の大家アンドリュー・ベイヤー氏と言えど、こういう安易な権利要求、視野の狭い意見には賛同することができません。

先週の土曜日ドバイで行なわれた世界一の高額賞金の開催では、世界中から馬が集まった中で、外国馬の優勝を国別に集計すると、日本2勝、アメリカ1勝、イギリス1勝となった。しかし、それは(既に進歩している)極東の馬の劇的な進歩の別の形での表現でしかなかった。
(中略)

日本馬が世界のベストホースとの互角以上に戦いつづけるようになるにつれて、「日本馬は弱いから、外部との競争から保護をする」といった古くさい議論を続けることはもうできなくなっている

まず認識の差が大きい記述を挙げさせてもらうと、「外国馬の優勝を国別に集計すると、日本2勝、アメリカ1勝、イギリス1勝」とベイヤー氏は述べていますが、正しくは「アメリカ1勝、イギリス1勝、社台2勝なのです。
また同様に「極東の馬の劇的な進歩」ではなく、「社台の馬の劇的な進歩」なのです。

それを証拠に、海外へ遠征して好成績を挙げた「日本代表」は紛れも無く外国産馬か、社台グループ生産馬でして、社台グループ以外となると、フジヤマケンザンの国際G2くらいなものです。
近年においても、シンガポールG3を制したダイヤモンドダストあたりが「純然たる日本馬」の実力であることを理解してもらわないと困ります。

確かに、社台が主催するセリ「セレクトセール」では日本の富裕層が大挙して押し寄せ、「社台の馬」を1億、2億と高額で馬を買う、という断片的なニュースを目にすれば、ベイヤー氏としても「日本には世界で通用する能力の高い馬がたくさん生産され、裕福な日本人馬主が高額賞金を得ている」と思うのでしょう。

ですが、社台以外のセリでは400万、500万でしか馬は売れていないのです。
それでも大量の馬が売れ残り、「1頭30万円」という見下した価格で購買が募集された福山競馬」にどっさりと馬が売られていったのが日本の馬産界の現実です。(いかに懐の大きいアメリカでもそんな値段のサラブレッドはいないはずです。)

マーケットの現状、初期育成にかかわる需要の高まり、地方競馬の壊滅的な衰退によって、「持てる社台」はますます富み、その何百分の一しかない生産者は対抗するすべを持ちません。
たとえば、オグリキャップやタマモクロスのような名馬が「村の小さな牧場」から誕生する機会はもはや完全に失われている状況です。それはコスモバルクの限界を見れば明快です。さらに外圧が加わるとなると、最終的に日本の競馬はとてもつまらないものになると思っています。
日本のGIレースで活躍した馬の子供達が走っているから興味を持って馬券を買うのであって、そのサイクルが途切れて日本の競馬は情熱を維持できるのかと。

また、日本の馬主が高額な賞金を得ているのは事実ですが、そのために「異常なコストがかかっている」ことを外国のホースマンはほとんど理解していないようです。

まず第一にいかに高額な馬を買える馬主であれ、日本に住んでいれば「高い所得税」によって得た賞金のかなりの部分を国に奪われています。
税制上の大前提として、日本の馬主は海外の馬主に比べて絶対的なパワーが劣るのです。

また日本の高い賞金を得るためには、制度上、JRAが免許を与えている調教師に預託するしか現実的な方法がありません。
彼らに馬を1頭預ければ、技能、実力、経験にかかわらず"世界のボブ・バファート"並みの「月平均60万円以上、年間700~800万円」の請求書が馬主へ届けられる事になります。
能力的に1勝できるかどうかという馬であっても、日本ダービーにチャレンジするためには最低限「年間700~800万円」のコストがかかるという現実を知ればベイヤー氏はどう思うのでしょう。

これらの諸条件から、いかに日本の生産牧場は力が小さいか理解できるでしょう。
社台だけを見て「日本の生産界すべてが旺盛な活動をしている」ような誤解をしてもらっては困るのです。
それは「サンデーサイレンスで一発当てた社台」に追随しようと拡大に走る牧場が他に1つも存在しない事からも、すぐに分かります。
過去唯一それを実践に移した早田牧場はナリタブライアンという不世出の名馬を出したものの、多額の負債と不正経理という犯罪によって完全に消滅してしまいました。

外国人ホースマンによる外圧的意見は昔から散見しますが、日本の誇る高額賞金はドバイのように「どこかの石油王のポケットマネー」ではなく、「日本の競馬ファンの馬券購入によって積み上がったもの」である事を忘れているのではないか、と思えます。

税金の呪縛の無い土地で得た大量の資金を脇に抱えて、外国語を話すヒゲ面や金髪のスタッフと、なじみの無い血統の馬が勝ち名乗りを上げ続ける競馬が実現されて、日本の競馬ファンが熱狂するはずがないのです。

モハメド殿下擁するダーレージャパンはそのあたりをよく心得ているようで、極めて地道に、できるだけ周囲に敵を作らぬよう進出しており、彼らなりの日本への愛情と配慮があるようです。(アングロサクソン系なら間違いなくもっと手ひどいやり方をした事でしょう。)

「熱気の無い競馬」がもたらす悲劇は、地方競馬場の窮状を見れば、何を意味するか多言を要する問題ではありません。

アンフェアな環境からの資本参入は文字通り「侵略」である。
侵略によって跡に残るのは、荒れた野原だけである。

| | コメント (0) | トラックバック (3)

2006.02.24

ステキシンスケクンの馬主

さっすが「仕事場は銀座、六本木」を公言する森先生、リッチな馬主さんを抱えてるな、とは思っていましたが、ステキシンスケクンの馬主、榮 義則氏、ヤバイ会社を経営されておられるのですね。(キングタカノハナのネーミングセンスから予想できましたが・・・)

株式会社 藝栄社
〒530-0047
大阪市北区西天満四丁目3番25号 
(梅田プラザビル5F)
会社法人等番号1299-097747

代表取締役 榮  義則
取締役   榮  美鈴
取締役   常  政雄
取締役   片山 克己
取締役   菟原 一比古
監査役   榮  満壽美

「パチ必勝法詐欺」で訴えられてる・・・。http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/sports/13173/1086219311/l50

気になったのは、↓

株式会社 タイムアートファクトリー
〒106-0041
東京都港区麻布台三丁目1番5号
(日ノ樹ビル3F)
会社法人等番号0104-01-046698

代表取締役 徳江 長政
取締役   榮  義則
取締役   常  政雄
取締役   大竹 俊郎
監査役   志村 康徳

「志村、後ろ、後ろ!」と叫びたいですな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.01.23

フサイチパンドラの全兄が182万円で買えた事実

日本生まれのドバイサンデーが何と明け5歳1月のデビュー戦勝利。藤澤厩舎もびっくりです。http://news.netkeiba.com/index.php?pid=news_view&no=11813&category=C

レースがダート16ハロン、勝ちタイムが3分40秒というのもびっくりですが、この良血のサンデー産駒の牡馬、所有者がモハメド殿下ではなくなっていました。

同馬は、01年セレクトセールにおいて、最高価格の1億9000万円でシェイク・モハメド殿下の代理人J.ファーガソン氏が落札。その後、モハメド殿下が所有していたものの、デビューを迎えることなく未出走のまま、04年タタソールズ・ジュライミックスセールにおいて9500ギニー(約182万円)で再度売却されていた。

200万円もしないでサンデー産駒が買えたんですねぇ。しかも殿下セレクトの超良血。

5歳馬とはいえ、未出走馬だから、エイシンチャンプと同様「海外留学組」として普通の内国産馬扱いで普通にJRAに入厩できたのではないでしょうか。だとすれば、サンデーの牡で未出走馬が182万円で手に入れられた、と・・・。

ううむ、こういう事があるから海外セールには驚かされます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ボブ・バファートってば、センス無ぇ…

昨日は、フサイチジャンクが勝とうが負けようが、その関口氏が買った9億円馬の馬名発表というプチネタが控えておりました。「ボブ・バファート師が暖めていたぴったりの馬名になる」と言われていたので、ちょっとは期待していたのです。こんな名前になるとは・・・。

http://www.fusaichi.net/horse/detail.php?horse_no=00103

ミスタープロスペクター、ミスターグリーリー、ちょっと地味なところでミスターリーダーなどがいますから、別に悪くは無いのでしょうが、セキグチですか。9億円の超良血馬にミスターセキグチ…。

初期調教でダクもできないほど気が悪くなければ、もう種牡馬確定ですから、2010年あたりのセールにはたくさん出てくるんでしょうなぁ。「父ミスターセキグチの当歳牡馬」。誰が買うんだろう。(個人的には、どうせならセキグチフサローの方が語呂が良かったのでは、と思う。)

正直なところ、世界の競馬人は不快なんじゃなかろうか。
「何でオレは父がこんな名前の馬ばかり持ってんだろう、それもこれもボブ・バファート、お前のせいだ!」、って。

| | コメント (1) | トラックバック (1)

2006.01.07

フサイチギガダイヤ、また負ける

4億円ホース・フサイチギガダイヤだが、2戦目においても「25分の1も値段が安い」マイネルオレア(販売価格1600万円)らに見せ場なく8着に敗れた。
好位の内目という藤田騎手ならではのベストポジションをプレゼントされながら、末脚に冴えが無く馬群に沈んだ。ファンの期待からは遠く離れたパフォーマンスに終始したレース内容であった。

距離が合わなかった、本来の走りができなかったなど様々な敗因は出てくるのだろうが、そういう理屈は400万円で買われた馬でこそ許される次元だろう。
2004年キーンランドセレクトセールで340万ドル(約4億円)で購入された近年最高の良血馬だが、本日のレースを持ってわずか「600万円の馬(フィールドイレブン・同レース11着馬)」と大差無い能力の持ち主である、という事が判明したわけである。

近年社台の一番馬(=サンデーの一番馬)を連続して条件止まりの平凡な馬に育て上げている森秀行厩舎所属というのも、怪しいものを予感させたが、ついに大花火が上がった感がある。
常識外れに値段が高い馬はリスクが高いばかりで調教師にとって得るものが少ないと思うのだが、どうだろう。このあたりは翌8日に出走する3億3000万ホース・フサイチジャンクの活躍にかかっているとも言えそうだ。

私からは下の2つの発言をプレゼントしたい。これは海外の血統評論家アラン・ポーター氏のものである。

最近13年間のケンタッキーダービー勝ち馬のうち、10頭は種付け料1万5000ドル以下(180万円)の種牡馬から誕生している。(10 of the last 13 Kentucky Derby winners have been sired by stallions who were standing at $15,000 or less when they sired the Derby winner. )

最高の種牡馬では、もはや最高のレースを支配することができなくなっている。(The best stallions aren’t able to dominate the greatest race. )

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2005.12.25

フサイチギガダイヤ緒戦からつまづく

・日本からケンタッキーダービーを目指す
・トップクラスの、本物のストームキャット産駒であれば、日本の競馬でも必ず成功する

と、すごい鼻息で関口氏が連れてきた4億円馬がフサイチギガダイヤ(http://www.fusaichi.net/horse/detail.php?horse_no=00102)ですが、「平均的な社台RHのアグネスタキオン産駒」のビジューティエに軽くひねられてしまいました。
騎手のレース運びにミスはありませんでしたし、勝ち馬の騎手はソフト系の幸、フサイチギガダイヤは豪腕の藤田でしたから、より「差し勝った」ビジューティエの能力が強調される内容でした。

つまりアグネスタキオン産駒を買えば、よりケンタッキーダービー制覇は近い、という事でしょうか。

結局のところ「馬は"札束"で能力が決まるものではない」という事の証明ではないでしょうか。

フサイチギガダイヤは、ケンタッキーダービー馬フサイチペガサスの甥に当たり、父は世界最高額の種牡馬ストームキャット。紛れも無く、世界のどこに言っても通用する「超良血」です。
しかし、ここ10年以上の「ケンタッキーダービーに勝ち馬」を調べると、過半数以上は何億円もする良血馬ではありません。むしろ「B級、C級血統の安馬ばかりがこの世紀の大レースに勝っている」のが現実です。
アメリカ競馬を特に目指すのであれば、巨額の投資ではなく、安馬から素質馬を見抜くピンフッキングの技術を獲得すべきです。

どちらにしても、1頭の馬に4億円の値がつくのは単純にアメリカ経済のバブル的な状況によるもので、1億円の馬の4倍の能力を持った馬ではない、のは確実に言えることです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.12.20

アラン・ポーターのサンデーサイレンス観

ブラッドホースのサイトで開催されたアラン・ポーターのライブチャットのログを読みました。http://www.bloodhorse.com/talkinhorses/AP121405.asp

時期的なものか、アフリートアレックスとロックハードテンに関する質問が多かったです。
まれに米国以外のトピックを発見しましたが、サンデーサイレンスに関するものは1件だけでしたね。以下自分で訳してみました。

質問者:ローリー
我々(米国人)はサンデーサイレンスの血統の恩恵を、かの国(日本)ほど得ていないようです。
サンデーサイレンスはアメリカに残っていたら、どれほどの成功を収めたと考えますか。
いずれにしても、日本におけるサンデーサイレンスの過大なほどの影響力は、レースの出走規制(外国調教馬の締め出し)と産駒の異常な価格高騰によるものと思いますが。
サンデー産駒の多くが優秀であるようですが、その認識がどれだけ歪められているのか私には分かりません。
我々はどのようにサンデーサイレンスを評価すべきなのでしょうか。

回答者:アラン・ポーター
日本の史上最強馬(ディープインパクト?)がサンデーサイレンスによってもたらされたことは明らかに素晴らしいことです。我々はサンデーサイレンスを(世界レベルで)主要な種牡馬であると認めなければなりません。
サンデーサイレンスはアメリカにいるよりも日本で供用されることで、より良い機会に恵まれました。しかし、米国でも日本での成功と同等の超一流馬を生み出せた、と信じるのは困難です。サンデーサイレンスはおそらくアメリカにいたら、さほど大きな影響力を示さなかったでしょう。
また我々はサンデー産駒の超一流馬を種牡馬として手に入れられそうにありません。ですから、米国の一流種牡馬とサンデーサイレンス牝馬という配合からトップホースが生まれ、その馬が種牡馬になったりしない限りは、サンデーサイレンスの影響は日本に限定されたものとなるでしょう。

要約すれば、いかなる基準においてもサンデーサイレンスは非常に優れた種牡馬ですが、例えば豪州におけるスターキングダム、ニュージーランドにおけるサートリストラムのように、サンデーサイレンスが供用された場所(日本)と期間(存命中)に限定された「強大な影響」ではないでしょうか。

なにやら日本の生産者というか、「社台グループが為すべきこと」が書かれているように感じるのは私だけでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.12.10

血統研究家アラン・ポーターがライブチャットに登場

アメリカの競馬専門誌ブラッドホースのサイトでは、たまに競馬関係者とライブチャットができるイベントがあります。(過去のアーカイブはこちら。http://www.bloodhorse.com/talkinhorses/archive.asp)

来週水曜日のゲストは、血統研究の第一人者として有名なアラン・ポーターです。懐かしのハイフライヤージャーナルの元編集長でしたよね。
http://www.bloodhorse.com/talkinhorses/submit.asp

現在、お題を募集中。
一応、プロフィールをご紹介。(ブルックリンH勝ちのChief Honchoとか、マキャベリアンの母Coup de Folieを配合した人でしたっけ・・・。)

血統アドバイザー、アランポーターは約30年間サラブレッドに関わる専門家である。競馬およびサラブレッドの配合を題材にしたライターとして25年以上のキャリアがある。また配合のデザイナーとしては18年の経験がある。
これまで配合をデザインして、ステークスウイナーとなった馬は80頭以上にのぼる。

また長年にわたって、ヨーロッパ、日本、北アメリカで多数の出版物に貢献する。
同様に、デイリーレーシングフォーム、サラブレッドデーリーニューズ、ペースメーカー、オーストラリアンブラッドホースレビュー、ブリーダーインターナショナルなど各誌にコラムを提供した。

ポーターはこれまで3冊の著書を発表。世界中で多数のセミナーや会議で公演している。
フォックススポーツネットワークとニューヨークタイムズテレヴィジョンにおいて、放送中に血統解説を提供。

12/14(水)正午(東部時間)が開始時間。
日本時間だと火曜日深夜2時から、という厳しい設定ですが、時間に余裕のある方は参加されてみてはいかがでしょう。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2005.11.28

来栖コラムを手間をかけて再度読み込む

私の発言は的外れだ、という批判があった。
http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/uma/1129784525/152

手間をかけて再度読み込んでみた。結果は、私の主張にブレは無いことを確認した。

まず来栖氏のコラムのタイトルは「これでは世界に誇れるレースとはいえません」であり、終始ジャパンカップのについての主張であることは明白である。

ジャパンカップについては、
・世界が注目する大レースであるべき。
・外国馬はたくさん招待されるべき。
・価値あるレースだから招待馬は牡馬が多くあるべき。

一方国内馬に関しては、
・GI馬がたくさん出るべき。
・ここ数年は日本馬上位独占。
・今年も日本馬が上位を占める。

というのが氏の主張である。
これらの要因が、「以前は世界中の注目を集めたレースのような記憶があるのですが、今ではそのような気はまったくしません。」という最初の意見に集約されるのだ。

これら外国馬の「べき論」と国内馬の「べき論」のちょうど間に「ディープインパクトが迎え撃つのであれば」と隠し味的に添えてあるのが、文章構成上のポイントである。

特別反意の接続語などが無いことから、文章全体の流れは「全文が順に繋がっている」形態である。
これを利用してジャパンカップに関する記述をあえて、逆順に文章を読んでいくと単純な式ができる。

来栖氏の思うジャパンカップは
「外国招待馬がたくさん出る」+「日本のGI馬もたくさん出る」
=「世界が注目」
=「ハイレベルなレース」

である。

ディープへの記述がどうあろうと、来栖氏にとっては、「ディープインパクトの出走」=「日本のGI馬が出る」であるから、これにより「レースのレベルが上がる」という主張に他ならない。

つまり、来栖氏の「ディープによって盛り上がる」は、マスコミや世間の注目が高まる、という素直な意味ではなく、三冠馬の参加によって世界が注目するハイレベルなレースになる、というのが本当の意味である。

ところが、152氏は、「レースの格」「当該レースのレベル(質)」「盛り上がり」とわざわざ3分割して来栖氏はジャパンカップを論じている、これを混同すべきではない、としている。

これは一見分かりやすいようで大きく間違っている。
文章全体の流れを読まずに深読みをしすぎて批判されても困るのである。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2005.11.25

ジャパンカップは死して久しい

こういう厨房がぬくぬくとマスコミにいるから困る。
http://www.netkeiba.com/news/column.html?param[no]=7936

日本馬もディープインパクトが迎え撃つのであれば、かなりの盛り上がりを見せるでしょうが、

結論から入る。ディープインパクトがいても、ジャパンカップは盛り上がらない。

だからディープは出ない。そういう部分もある。
当たり前の話であるが、ディープインパクトが出る出ない以前に招待馬は選定されるのだが、ご存じないか。ジャパンカップは1頭出る出ないで「レベル」が議論されるような格式の低いレースではない、と思うがどうだろう。
対戦相手が問題ではない、と言うのであれば、別に神戸新聞杯で十分な「ディープ人気」になるじゃあないか。

純粋にジャパンカップと言うレースの値打ちだけで集まったメンバーが今年の有様である。
原因は馬場、賞金、アクセス、言語、ホスピタリティなどの点で総合的に優れている「香港」
隣に立派なホテルができたら、古い旅館には誰も泊まらない。それだけである。
なぜそういう「視点」が無いのか、なぜそんな人間がマスコミにいるのか、激しく疑問だ。

さらに付け加えると、「ディープインパクトが走るから私の馬も走らせよう」、というオーナーは国内にも海外にもいない。競馬はそんなにチャチなスポーツではない。大仁田がやるプロレスと同じようなものとでも捉えていらっしゃるのだろうか。
正直、こんなにドクソ厨房な思考で原稿を書く競馬アナウンサーがよくいたものだと感心している。

今年は英国からウィジャボードというあの「ダービー卿の所有する」素晴らしい全欧年度代表馬が出走するのだが、残念ながら彼の中では「毎年レベルが下がっている」のだそうだ。
前年の凱旋門賞馬も来るし、現状でこれ以上何を望むべきか。実況を11年もやって得た知見がこの程度なのである。

じゃあ何か、ヨン様とベッカムあたりをセットで連れてこないと満足しないんじゃないだろうか、こういう人は。(逆にそういう子供騙しで大満足しそうだが)

この人のコラムを読んで最も疑問に思えたのは、ジャパンカップと言うレースに格式やらレベルの高さを求めていながら、

でも、それ以外に狙いたい馬が今回はいるんです。ハーツクライです。天皇賞は脚を余して6着に敗れましたが、出来は最高の状態をキープしていますし、天皇賞組が秋のGIレースで良績を残していることを考えると、今回こそは念願のGIに届くのではないでしょうか!

・・・それ、こんなところでGIに手が届いちゃいけない馬でしょうが。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2005.11.11

社台の次なる野望は「札幌に巨大競馬場を新設」らしい

今週の週刊ギャロップは一読に値するものです。
「ザ・ホースメン馬事放談」という記事にてトップホースマンが対談しているのですが、終盤面白い発言が出てきます。
吉田照哉氏が何やら北海道に新しい競馬場を作るべきだと提案しているらしいのです。

●土地の広い北海道のわりに競馬場は小回りで小さい。雄大な競馬場を作ってもらいたい。
●日本馬がイギリスに行って思ったより走れないのは、日本に欧州風のアンジュレーションがあって、芝が多少長くて、広大な競馬場が無いのがすごく影響している。世界的に強い馬を作るための競馬場を札幌に作ってもらいたい。
●力のある馬が勝つ競馬場が日本にあれば、日本馬はイギリスに行っても勝てる。ディープインパクトなら勝つかもしれないが、欧州風のコースがあれば、そこで事前にテストできるからもの凄く有利。

「天下の社台」が提言しているのですから、突拍子も無い内容ですが実現してしまいそうです。私個人は本格的な競馬場は大歓迎ですし、「欧州の深い芝を基準に置いた」I理論派にとって福音になるのは間違いありません。

少し前の週刊競馬ブックには別の人が競馬場をリフォームしようという面白い企画を連載していたのを思い出します。札幌競馬場は現在の桑園の土地を売却して、若干郊外になるが地下鉄の通っている札幌ドームそばの農業試験場を購入して大きな競馬場を作るのはどうか、というかなり現実的なプランが紹介されていました。
このような流れから、裏では密かに札幌競馬場移設の計画が進められているのかもしれないな、と期待してしまいます。

かつてメジロマックイーンが「庭」にしていた頃の洋芝時代の阪神競馬場がそのイメージに近いかな、と私は思っているのですが、メイン開催であの柔らかい馬場は管理が難しそうでした。ローカル開催の競馬場ならやってみてもいいのではないでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (3)

2005.11.02

月2万円で地方馬主になれる時代

笠松は大々的に組合馬主を募集するようですね。
無償供与の馬を一般成人3~10人で共有するから「出費が月々2万円程度」という触れ込みだが、これは大変というか、素人に年間24万円払わせて「これで馬主の醍醐味を味わって」という方が土台無理。

では、笠松で元手タダの馬を10人で持って「24万円分の値打ち」なんかとても無いんじゃないか、というお話を・・・。

そもそも「百戦錬磨の?地方馬主が提供した馬」というのがまず眉唾。
こんなに地方が厳しい時代に、ちゃんと走る馬を人にタダでくれてやる慈善家が地方の馬主にいるとは思えない。脚が曲がっていたり、クルクルパーの馬なんて当たり前で、能力的に「地方の下級条件で1つ勝てたらラッキー」くらいの馬しか出てこない、と考えるのが自然。・・・で、レースの現実はこれです。

サラ系C9組C9 サラブレッド系 一般
賞金 1着170,000円 2着44,000円 3着18,000円 4着13,000円

苦労報われて下級条件で1着になっても、1ヶ月のオマンマ代にも全然足りない。それとも「コンスタントに2着できる馬に毎月4連闘」させますか?
この辺の明らかに「不合理な賞金状態」だから馬がいなくなってるのに、そうなってから素人にお金出して助けてくれ、というのはなんだか納得できません。何かプラスアルファが無いと。

結局、毎月お金が出て行くだけなんです。
関係者として厩舎に出入りできるというのが醍醐味かも知れんが、それこそ「パンダが来たぞ」みたいに全員から奇異の目で見られるだろうし、大体笠松の競馬体系や賞金体系を熟知した人がこれに参加するはずもないから、調教師に何を言っても「ハイハイ、言うとけ言うとけ」状態のお客さん扱いだしな・・・。

一般社会の常識的な感覚で「24万円分のプレステージ性、というか金使ってやったぞ感」をまず用意しないといけないんじゃないですか。常にマスコミを帯同させるとか、競馬場に来場したらプレゼンターさせるとか、救世主というか、マスコット的に持ち上げるとか、時代の寵児くらいに持ち上げられるとか。
この辺の改善の余地が大いにあると思います。

そもそも、笠松町にそう何回も足を運べる競馬ファンがどれだけいるかな。
「やってみる他はない」からこうしたのでしょうが、即効性を求めるなら「お祭り好きの金持ち馬主」の力を借りるしかないと思います。(だって、主催者の財布は絞っても、しずくの一つも出ない状態なんだから)

せめて、「馬を探して買う」という作業の楽しさを味わえないとギャンブル的なワクワク感が全然無いと思います。(現状、地方競馬のレース使っても魅力的な賞金出ません。)
できるなら、予算の範囲で馬を探してセリ落とし、代金を競馬主催者が肩代わりしますってくらいなら、「やったろかい」という人はかなり出てくるでしょうけれど。(だって、主催者の・・・以下略)

どの道、手を上げてくれる奇特な彼らが1年ないし2年で馬を所有した結果、「やっぱり笠松競馬なんていらないんじゃない・・・。」という声しか上がらない、というシナリオだけは絶対に避けないと駄目ですよ。

http://www.kasamatsu-keiba.com/info.htm/info134.htm

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.10.31

日本の競馬に品と格が備わった瞬間

天皇賞に天皇陛下が見に来られる、というよく考えれば当たり前のことが歴史上初めて実現した。近年におけるJRAが行った行事の中で最大のヒットであると賞賛したい。これで競馬は国民が親しむレジャースポーツとして本格的に認知されていくことだろう。

ファンも含めて「競馬」という興行の全体の質が向上したという事の何よりの証明であり、競馬を敵視する馬鹿者どもにとって強烈な一撃となってくれるはずである。今後も皇族による天皇賞の観戦行事は毎年でも行っていただきたいものだ。

陛下の来場は、それだけでは単なるパフォーマンスの域を出ないきらいもあったのだが、(今年の優勝馬がまさかのヘヴンリーロマンスというのにはちょっと面食らったが)、騎乗者が人格者として定評のある松永幹夫で本当に良かったと思う。

勝ち馬がウイニングラン、というのは定例化しているが、天皇陛下が祝福される素晴らしい光景のさなか、松永は直線中央において陛下の観戦するスタンドの方に向かって馬を止め、わざわざヘルメットを外して、馬上から恭しく一礼したのである。これは衝撃的な光景であった。

これまで優勝馬のウイニングラン、というのは騎手がこれ見よがしにハシャぐのが通常で、人によってはただ単にみっともないだけという光景もある。だからこそ松永の、馬を静止させ馬上から一礼するという一連の「静の動作」はとても新鮮な印象を受けた。GIレースの、そして天皇賞の格式というものを決定的にしてくれた高尚な発想だったと思う。

大衆の注目を集める大レースで優勝するということは、単に自分自身がうれしいという気持ちを表現するだけで良いという場ではないのだ、そしてロイヤルファミリーへの敬意、大レースへの敬意、という発想をおそらく日本の競馬始まって以来最初に示した騎手として松永幹夫の何気ない行動は今後末永く評価されるべきである。

| | コメント (1) | トラックバック (1)

2005.10.25

にじみ出る「強さ」の三冠

現地で見た限り、強い三冠馬の誕生、という分かりやすさは無かった。むしろ「圧倒的に強い競馬」をしたのはアドマイヤジャパンであり、一世一代の完璧かつ驚異的なパフォーマンスを見せてくれたのはアドマイヤジャパンだ。
にもかかわらず、ほんのちょっと本気になるくらいで、実に涼しい顔をして外から「当然勝つべき馬」をあっさり抜いて行ったのがディープインパクトである。

熱い期待をして見に行った身としては、いうなれば「大横綱が大一番ではたきこみで優勝」するのを見せられたようなもので、ちょっと消化不良気味ではあるが、並みに強い馬(アドマイヤ)が精一杯の仕上げをして、最高にうまく乗っても「絶対に勝てない」のがディープインパクトの強さ、恐ろしさだということが良く分かったのがこの菊花賞である。

・過去のどんな馬よりも素晴らしい内面的な迫力・メンタリティ
・「太った外人選手の中に混じってタイガー・ウッズがいる」くらい根本的に何かが違うフィジカルの素晴らしさ
・あれだけ後駆でストライドを使いながら、ダートの一流馬でも舌を巻くほど前駆が使える驚異的な走行フォーム

このような個体能力の素晴らしさ、規格外のクオリティは「現場」でなければ見えてこない、伝わらない部分があるから、一度実際に競馬場に足を運ぶことをお勧めしたい。

印象としては、この大記録がかかった一戦にもかかわらずディープインパクトは8分の力しか使っていない。ここまで気楽に三冠を達成した馬は空前絶後になると思う。

実に「懐の大きな」三冠馬の誕生である。

落馬寸前の不利を克服した皐月賞、究極の走りでタイレコードで走ったダービー、引っ掛かりながら余力たっぷりに制した菊花賞、と三様の勝利を見せたディープインパクトは勝つだけでなく、「アウェイ戦へ向けて克服すべきハードル」をそれなりに事前学習しており、本当に不安が無い。本当に海外主要GIを総なめにできるのでは、という期待をしてもいいのではないだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.10.15

そろそろ「ジャパンカップダート」の名称を変更してくれないか

ジャパンカップダートが来月に迫っている。いつものように、豪華な登録馬→実際の出走馬は最下層、という構図に変化は無いだろうと見ている。なぜならレース名が悪すぎるからだ。

オミクロン 初ダートの独ダービー3着馬。砂を被って9.0秒差ブービー。
ヴォルテクス イギリス馬。重賞初挑戦というなめ切った態度で27.8秒差の豪快な最下位。

レッドサン 香港馬。距離バテして5.4秒差14着。
パプウス 独ダービー12着馬、前走はスウェーデン競馬。8.1秒差の最下位。

過去3年の招待馬を見ても、「インドのシンザンよりも来てはいけない馬」のオンパレードという失態ぶりである。なぜジャパンカップダートにはこんな馬しか来てくれないのだろうか。海外競馬の伝道師合田直弘氏などは何年も前から提言しているが、栄えあるG1のレース名に「ダート」という言葉を入れている違和感、にあると思う。(私の知る限り、世界中のG1レースでダートという言葉が入ったレースは1つも無い。)

我々日本の競馬ファンにとっては、「ダート」という文字に違和感は無いのだが、英和辞典で調べるとDirtという言葉が実にネガティヴな言葉であることが良く分かる。

dirt
【名-1】 よごれ、土、ごみ、ほこり、泥
【名-2】 無価値{むかち}なもの
【名-3】 うわさ話、スキャンダル
【名-4】 排せつ物、ふん

いかに賞金が高かろうとも大して歴史の無いレースである。
賞金が欲しいのは確かだが、自分の愛する馬の戦跡に「妙な名前のレース」を残そう、と思う馬主や調教師が少ないのは国内外を問わないはずだ。

「Japan Cup 汚物」
「Japan Cup 無価値」
「Japan Cup 糞」

英語圏の人々にとって「ジャパン カップ ダート」という響きはこう見えてしまうと考えて間違いないだろう。ジャパンカップのダート版をという設立の意思は分からないでもないが、より多くのよりレベルの高い参加馬を集めるためにも、英語圏の人々の気持ちに配慮して早急にレース名の変更を検討すべきだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.09.10

馬券ギフト券

岩手競馬が日本発の「馬券の商品券」を販売した。これができたことが色々意義深い。

 この購入券の販売につきましては、先般6月13日、水沢市商工会議所(依田英晴会頭)から競馬振興に向け新たなファン層を開拓する提言を受け、今回試行的に販売されるもので、既存のお客様が購入し、それをプレゼント品(誕生日・お歳暮など)として利用し新たなお客様獲得を目指す商品として、その効果を期待するところであります。

net競馬の「馬産地日記」などの更新を待たずとも、巷の評判は冷ややかなものだろうが、こういう小さな動きを「意味が無い」「魅力が無い」と見過ごしているだけか、想像力を使って発展的な思考ができるか、がIT長者のような勝ち組と凡人の差なのだろう。

これすなわち1000円でも、買えば入場料サービスの購入特典がつくのだから、固定客向けの実利的なサービスである。リピート客に対して何らかの還元をする、心のこもった姿勢は競馬の世界においては画期的である。素直に評価したい。
指定席券のついた10000円を贈答品に、という意図は明確で、構想としてはなかなか良く出来た商品だと思う。地元のテレビ番組の景品などにしたら面白がられるのではないか。田舎は娯楽が少ないからか、ショボいものでもよく飛びついてくる。意外とそんなものなのだ。そこから徐々に露出を増やす、という展開も見えてくる。

問題は馬券という商品は、購入対象となるレース自体にどれだけの値打ち・魅力があるか、と言うところだが、それを一挙解決しよう、できるか、というのはあまりにも早急すぎる。
最優先はJRAの馬券が買える事で、ここで間口を広げておき、時間を稼いでおいて、岩手競馬自体のコンテンツを底上げしていくしかないのだが、すぐに解決する話ではないし、だからこそ戦略・プロジェクトを持った「プロの仕事人」の出番であろう。

とにかく前向きに競馬運営をしている岩手競馬の姿勢は競馬界にとって朗報だし、実際に役人運営にしては場内イベント等を積極的に打ち出しており、馬券売り上げもこの時勢にあって微減に食い止めている。限られた予算と行動範囲の中でよくやっている部類ではなかろうか。恵まれた条件にあるホッカイドウ競馬の主催者が本音では「もうやめたい」なのか、後ろ向きなのとは大分色合いが違うように見える。

岩手-ソフトバンクとの提携も良い流れであるし、厳しい「民間のビジネススタイル」を肯定的に受け止め、取り入れる体制ができつつあるのではないだろうか。
はっきり言って、メイセイオペラ以来のスターホースが出てくるまで大きな上げ潮はないだろう。スターホースなどという天使のような存在は、アラブの王族の自家生産馬でもない限り作ってできる類のものではない。
その時に備えて準備をしておけるか、また前のように見過ごすか。それだけの話である。

このトピックについて馬産地の反応は薄い。なぜなら、今日明日彼らの生活が良くなる話ではないからだ。こうして落ち着いて展望を思索できるのは余程資金と規模に余裕があり、競馬全体に責任感を持つ大手牧場だけだ。

「貧しさは思考の停止を生む。」 貧しい者は貧しい発想しかできず、ますます貧しくなる。馬産地で実感として得たのはこういう結論である。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2005.06.11

せっかちなので船橋の怪物を「救世主」と崇めてみる

第51回 東京ダービー(G1) 3歳オープン重賞

この競馬はちょっと反則である。普通の南関の馬に混じってゴドルフィンの一流馬(=アラブの王様の良血)がレースをしているのだから。
近いうちにこうなることは予測できたけれど、2年目からこの成果を出すのだから川島調教師の、そしてダーレーのマネジメントにはたまげます。

シーチャリオットですら、序章に過ぎないような余裕の発言が出ているだけに、南関でささやかな夢を見る馬主さんたちには悲しい話だが、10年もしないうちに「東京ダービー、ゴドルフィン勢だけで掲示板独占」みたいな時代が来る。
ちなたでささやかれているように「社台VSダーレー」の構図で日本の競馬が進んでいく、というには、まだいくつかの紆余曲折があるだろうが、現状よりは好ましい形で競馬が運営されていくように徐々に進んでいくと思う。

単に社台グループのライバルができた、というだけではなく、ダーレーの拠点が船橋というのもポイント。なぜなら、日本屈指の川島厩舎だが、1頭預けてもおそらく月30万は超えないはずだからだ。
今後は東京ダービーだけでなく、JRAの皐月賞や日本ダービーにもゴドルフィン勢は進出してくるはずだ。そうなった時にこそ「平気で月60万を請求してくるJRAの厩舎」の存在意義が問われる。これを端緒に競馬に残されている「数々のひずみ」にスポットライトが当たる。
「その時」を待っている人は実にたくさんいるのだが、そこまでにみんながどれだけ耐え忍べるか、が競馬業界の課題なのだが・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.06.05

ディープインパクトはスマーティーになり得るか

ディープインパクトは若干無理している感もあるが、競馬という枠を超えた存在としてニュースなどでマスコミが取り上げつつあり、「競馬の業界を牽引する存在として」期待している。「俺もディープインパクトみたいな馬を買えるかもしれない」、と今年のセレクトセールに大挙してくれたら何よりである。
アメリカではスマーティージョーンズがスポーツ界のヒーローとして扱われているように、ディープインパクトもその域まで、せめて卓球少女くらいには一般的になってもらいたいものだ。

ディープインパクトは踏み込みから蹴り込みまで異常に強い馬だから、馬場で泣くタイプでもないと思っている。不良馬場では三流だったマンハッタンカフェはシャカシャカと上滑りする走り方をしていたからああだった訳で、このあたりをなぞらえるのも、失礼な話だと思っている。

この域まで行けば、世代がどう、というより世間は「じゃあ世界で何番目に強い馬なんだ」というところに関心が行くのではないだろうか。やるべきことをやったら、まずはドバイへ行くのではないかと私は見ている。オーナーの金子真人さんはキングカメハメハの種牡馬展示会で「本当なら今頃ドバイへ行っているところですが、北海道に来てしまいました・・・」というスピーチをされていたからだ。芝経験しかないダービーをレコード勝ちした名馬をドバイ、という人ですから・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.05.10

3歳マイル二冠

人生こそが競馬の比喩に過ぎない、とはかくも有名な寺山修司の名言だが、競馬が圧縮された時間で展開されていく濃密なストーリー性を持ったスポーツであるという核心をついた名言であることは永遠に変わりないだろう。ほんのわずかなタイミングで人生が大きく軌道を変えていくのは、なにも「世にも奇妙な物語」だけの話ではない。

あの日あの時、もしもあそこで・・・、そういう思いを強くしているのは主役の座を奪われたシーザリオとその陣営であるのは間違いないだろう。

ラインクラフトの優勝は純粋に素晴らしい快挙である、と認めるしかない。だが、桜花賞で絶望的な位置から2着に巻き返したシーザリオはラインクラフトの快挙を素直に認めてはいないだろう。何の変哲もない桜花賞であれば、「史上初の3歳マイル女王・ラインクラフト」は何ひとつ得ていなかったかも知れないのだから。

こういうジレンマ、複雑な感情はある程度の人生経験を得ていれば万人に共通する感情であると思うし、この切り口、対決の構図はあえて大事にするべきではないかと思っている。

ここで何が言いたかったかというと、「ラインクラフト、ちょっと地味すぎねぇか」と言うことだけであるのだが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.04.23

ムンロ復活

出稼ぎ外人騎手のパイオニアとして有名な(というよりも、テレビゲームでの認知が大きい)アラン・ムンロ騎手がイギリス競馬に復帰したらしい。
ムンロ騎手がウィスパー号と共にイギリスに戻る(イギリス)

ムンロ騎手は、1991年ダービー、アイルランドダービー、キング・ジョージⅥ&クイーン・エリザベス・ダイアモンド・ステークスでジェネラス号を勝利に導いた後すぐに、香港に移籍した。彼は香港に9年間本拠地にした後、競馬から離れていたが、格闘技マーシャルアーツを学ぶために極東に留まった。

UFCにでも出る気だったのだろうか・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005.03.10

岡部優先主義の先には

岡部幸雄がついに引退した。今年に入って実質所属だった藤澤和雄厩舎からの依頼が激減しており、「身内」の目から見ても衰えが顕著だったようだ。年も年だが、このあたり橋本広喜よりも潔い引き際である。

大橋巨泉氏よりも前の世代にとっては、柴田政人に次ぐ「シンボリの二番手騎手」に過ぎなかった岡部がよくもここまで現役を続けたと感慨を持たれるのだろうが、思えばここ5年くらいは技量の衰えが顕著で、ガツンと走る行きっぷりの良い馬に持っていかれるのは当たり前、「政治力」を武器に明らかに能力の高い馬に乗っかって勝っていただけという有様だった。直線後方から鮮やかに差し切るシーンにはついぞお目にかかれなかった。データ見れば明らかで、ここ数年岡部は「若干どころか全く追えない騎手」の代表格であった。

口当たりの良い言葉はお抱えマスコミに任せるとしても、馬優先主義やら馬の気持ちが分かる騎手というのは本当に岡部を正しく表現した言葉なのだろうか。
読ませるコラムを発表しており、その見識の高さは他の騎手とは歴然としているが、周囲が言うほど「気配りの人」的なキャラクターではないはずだ。馬のために必要とあらば無理をして勝つ必要は無いといった姿勢を正当化させたのはまさしく岡部が先駆者で、「馬を育てる騎手」という新しい座標軸を打ち立てた騎手だったが、見方によっては責任転嫁と思われることも少なくなく、功罪半ばである。
また騎乗馬の中には、自分が所有権のある馬もいるらしい、というブラックな噂もささやかれ(欧米では認められておりよくある)、騎手として自らのあり方を徹底的に追求した人物である。
岡部を尊敬する後輩は数多いが、岡部の興味の対象はあくまで自分ひとりだったようなきらいがある。昔から調教師に転進する気はないと明言しており、無様なまでに現役にこだわった様はまさしくターフのエゴイストだったと思う。

エゴイストである岡部が本当に長い間「関東競馬の顔」として機能してきた。少なくとも関東の競馬は岡部を中心に成り立っており、良きにつけ悪しきにつけ彼の影響を受けた者たちが我々にレースを提供してくれている。言葉に出ることはなかったにせよ関東においては、岡部の乗り方がベストであり、岡部の姿勢が最良とされた。

他方、今週から「関西の顔」として長らく騎手達の手本とされた河内洋が調教師として開業を迎える。
河内は尋常ではないほどシャイで、発する言葉はマイクで拾えないほどというちょっと困った人物だが、騎手としては技術的には岡部に全く劣らぬ、まさに天才肌の達人であった。ただ技術以前に人に愛されるキャラクターを最良とし、ことさら後輩たちの面倒を見て指導した「良き兄貴分」という人物だった。河内の薫陶を受けた騎手たちが続々と一本立ちして現在の関西競馬は支えてられており、いわば河内洋によって関西競馬は成り立っているといっても過言では無いだろう。

昨今、中央競馬を支える騎手は武豊を筆頭にほとんど関西勢であり、方や関東競馬は個性に欠けて面白味が無いという見方が強い。岡部と河内という騎手界の両巨頭が及ぼした影響は少なくないはずだ。エゴイスト岡部の引退は少なからずJRAのレースの質に変化をもたらすのは間違いの無いところだろう。
岡部の地位を継ぐ騎手は誰か、と言ってもそれが柴山雄一であるというのはあまりにも時期尚早だが、東西対抗的なマンネリ図式からの脱却がようやく実現に向かうというのは良い兆しだと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005.01.16

競馬をやめるきっかけ

日経新春杯は単勝1.6倍の武豊騎乗、断然の本命になったナリタセンチュリー中心のレースであったが、最後の直線で佐藤哲三のサクラセンチュリーが外からかぶせられるコース取りに引っ掛かり、進路を失って末脚不発、ブービー9着に敗退した。

これは冷静に見れば、勝手に武豊のナリタが勝手に外へ進路を選択し、ぶつかったケースだ。ナリタは3度4度と首を曲げ、武豊の指示を無視して外々へ行きたがった。
仮にサクラセンチュリーが勝ち切っていなかったら、逆にナリタが審議となって失格、武豊が騎乗停止になっていたかもしれないケースであるのだが、これについて審判側の「判定の説明・解説」が無く、ナリタセンチュリー一本で馬券を買った「ライトファン」がそこまできっちり理解できただろうか、と余計な心配をしている。

武豊はぶつかった時点で馬を控えさせ、あたかも自分が不利を受け、走る力を失ったかのように振る舞ってレースを終えたのだが、武豊、したたかである。「私が馬を制御し切れなかったのではありませんよ、接触のおかげで大敗してしまいましたよ、僕は無罪ですから」といわんばかりであった。

元来ナリタセンチュリーは田島裕和が天塩にかけて重賞ウイナーに育てた「難しい馬」である。さしもの武豊といえども、いきなり乗りこなせる馬ではなかったという事だ。

タイキシャトルが海外G1を勝った年をピークに競馬人口は下落の一途を辿っている。競馬という楽しみ(この場合は馬券購入という行動)をやめる人は後を絶たないわけであるが、サクラセンチュリーが勝った日経新春杯のような「微妙な判定」に不信感を抱いて、というケースはかなりあるはずだ。

JRAの審議発表については、はじめの一言目から明らかに異なる2フレーズがあり、一言目を耳にすればアウトかセーフかが決まっている。そして、それ以外もそれ以上も無い。もう10年以上前から指摘されていることで、説明力不足である。

これは例えば、K-1だったら微妙な判定勝利の場合、角田信朗のような強面の審判がマイクを取って観衆にプレーの一つ一つを説明し、有無を言わせずご理解いただくのであるが、K-1は馬券を売ってもいないのに審判が短い言葉で懇切丁寧に説明するのである。 古い体質と批判の厳しい大相撲ですら、行事差し違えの際は審判団の親方衆がたどたどしくもマイクを取って説明を入れている。そうやってその場で不信感を取り除き、スッキリさせておかないと次の客が、視聴率が減ってしまうからである。

「ただいまの審議は・・・降着および失格はありません」 これでは「なんで?」という部分への全く説明が無いままである。人様から莫大な額のお金を預かっているのにJRAの態度はちょっとどうかと思う。

JRA理事長は事あるごとに「ファン第一」というフレーズを使っているが、いつもの天下り官僚らしく実際に馬券を買った事が無いに等しいのであろう、一競馬ファンの嘆き、不満、失望がどこにあるかを掴みきっていない。今必要なのはウインズの増設でもなく、中居正広にCMさせる事でもない、微妙な芸能人を呼んだりペイパービューでおちゃらけさせる事でもない。
今必要なのは、競馬場ごとに意見力のある審判団長、コミッショナーを設置する事である。
勝手を言わせてもらうなら、岡部幸雄。彼のようなファンに一定の信用があるご意見番こそが「競馬場の顔」となるべきなのである。その代償に変なトークショーが減ったとしても誰も文句は言わないだろう。

絶対の主力商品である「馬券販売~配当」において、お客様に大きな失望感を与えていながら、「是非競馬場にお越し下さい」なんて能天気な発言がよくできたものだと思っているのは私だけではあるまい。
1兆円超という巨額の売上額が消し飛んでいる今の売上実績が何よりもそれを物語っている。

| | コメント (4) | トラックバック (4)

2005.01.10

シスターの真打ち登場

トウショウパワーズの登場は個人的感情であるが、なんとも感慨深い。ようやくという感である。

覚えていますか、の世界に突入しつつあるシスタートウショウ
4連勝で桜花賞を制し、そのタイムが1:33.8。京都コースの変則開催といえ、ダンスインザムードに次いで歴代2位。いまだ破格のタイムである。
その後のオークスで往年のダンシングブレーヴの如き素晴らしい追い込みで2着に敗れた後、屈腱炎。
そこで引退せず復帰して、シンコウラブリイやホワイトストーンあたりと互角のレースをしていたのだから、無事であったら間違いなく国際級の名牝だった。個人的にはトウショウボーイの最高傑作だという認識である。

シスターのファンは多く、その産駒は毎年注目を集めていたが、驚くほど走らなかった。
えてして名牝と呼ばれた能力の高い牝馬はダンスパートナーのように馬格の無いケース、イクノディクタスのように使い減りするまで走り続けたタイプは産駒が期待はずれに終わるのだが、シスターはそういう問題は無い。思うに配合が悪かったのではないか。

リズム、フォーティナイナーとミスタープロスペクター系の硬質な種牡馬、盛りの過ぎたノーザンテースト、二戦級評価されたカーネギーと日本を代表する名牝にしては扱いが悪すぎた。はっきり言ってサンデーサイレンスを3年連続して配合していれば良かったのではないかと思うのは私だけだろうか。(悲しいかな、トウショウ牧場はサンデーの株を1つも持っていないようで、牧場全体でもサンデーの配合がゼロ)

そういう点を踏まえてようやく出てきたのが、9日の京都5レースでデビュー勝ちしたトウショウパワーズである。
1月の芝2000をデビュー勝ち出来る馬は間違いなく優秀と考えて良いのだが、偉大な親の跡を次いで日本最高の種牡馬になりつつあるダンスインザダークを父に迎え、瞬発力に重点を置いた配合が当たりと出たか、「シスターの子供ってのはこれだよ」と思わせる好素材なのである。(配合のバランスもなかなか秀逸で、春の天皇賞を狙えるタイプと見ている)

気性がまだ幼く、サンデー系の有力馬としてはまだ物足りない。この時点である程度の完成度がなければ近年のクラシックでも厳しいものがあるから、弥生賞や青葉賞で勝ててもクラシックは取れないようなタイプだと思う。まだ小柄ではあるがまだまだ実が付く余地を残しており、1年経てば素晴らしい成長が見られると思う。
往年のテンポイントのような関西の象徴的存在として成長してくれれば言う事ナシである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.12.20

誕生の瞬間

ディープインパクトと名付けられた2歳馬が日曜日にデビュー勝ちを収めた。
競馬に限らず、天才誕生の瞬間に立ち会えることは実に幸福感に満たされる瞬間である。
全兄がブラックタイドで皐月賞の本命になる程の馬の良血なのだから、もともと注目されてはいたから、驚くほどではないが、ムチ一つ入れず弾けるように伸びる末脚はダービー馬のそれ、と言っても言い過ぎではない。

さらに驚くべきは、陣営が次週のラジオたんぱ杯に登録していた事。これだけの素質馬を無謀な連闘策で使う事は池江泰郎厩舎としては前代未聞の行動であり、結局使わない事も大いにあろうが、陣営はこんなものではない、という期待の現われだと思う。

個人的に、この血統は好感を持っている。
そもそも母の父であるAlzaoの出す仔がいたく好みなのだが、関西で走るマル外のシースルオールなんかは典型的で、中距離以上で柔らかく先行して押し切ってしまうレーススタイルは母系に入って長く好影響を与えるタイプだ。
血統的に父Lyphardよりも、母のSickle、Princewuillo、Roman、Sir Ivorと集積されてきた配合がなんとも旨みが多い。サンデーによし、ブライアンズタイムによし、ノーザンダンサー系でもよし、と現代に求められている血統を存分に有している「血統の立ち姿」に実に好感を持てる。それがAlzaoである。

ウインドインハーヘアという繁殖牝馬はどちらかといえば、Fair Trialに重点を置いた配合だから、本質的にはサンデーサイレンスとジャストフィットという訳ではないのだが、方向性のはっきりした配合は実にパワフルで、サンデーサイレンスを配合しても無理を生じてはいない。こういう血統は敬意を払うに十分な内容だ。
少しわがままを言わせてもらえるならば、トウカイテイオーとの配合が見てみたいと強い衝動に駆られる血統なのだが、いずれ姉やおばあたりの近い近親との配合がお目見えする事になるだろうと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.10.25

難しい事をよくも簡単に

岩田のガッツポーズに込められた思いと、先週のガッツポーズのあざとさとはあまりにも対照的だった。
本気で勝負をする姿は人に感動を与えられるし、それができるのはもはや地方騎手だけだという意を強くした。
何より彼らはGIという舞台へ大変敬意を払っているし、そこに出られる喜びと責任を備えている。中央の騎手にそれができないはずはないが、環境やシステムができなくさせているのだろう。

デルタブルースはいかにも菊花賞の血統から注目される穴馬的な存在だったが、例年の穴馬に比べて注目度が低かった。さらに馬体増で直前に一気に人気が落ちた。
その点を買って、私は同馬を中心に馬券を組み立てようとしたが、勝つには何重にも条件が必要な馬で、それならコスモバルクが上にいるものとばかり思っていた。

ホオキパウェーブは一時の不振からよく立ち直ったと思う。もう抜群の仕上がりでパドックだけならダントツの本命。間違いなく馬券圏内に入る馬だった。この馬の単勝に走らなくなったのは、私も若くなくなったという事か。

しかしこの組み合わせにはどうも違和感が残る。あまりにも話が上手すぎる。

やはり勝つのは別の馬、という見立てで三連単を数点買ってみた。こういう時は買い目とオッズを確認できるTERGETはなかなか便利なツールだ。コストパフォーマンスの高い組み合わせだけ買えば少ない投資で満足度の高い馬券が買える。
三連単は投げやりな素人用の馬券かと思っていたが、思っていたよりも、買うまでの過程が楽しい馬券だ、という印象を持った。馬連オンリー時代よりもレース展開を慎重に読み解く作業は日本の競馬ファンに受けると思う。

結局のところ、私が持った「違和感の残る組み合わせ」を実に自然に演じきり、現実のものとしてしまった岩田康誠の名騎乗は馬券が当たった外れた以上に賞賛に値する。この男、何か特別な事をやったというわざとらしさがなく、普通に回ってきただけ勝ってしまう。こういうのを天才騎乗というのだろう。

どんなに血統を見ていてもこの菊花賞はきっちり予想できないし、予想できたと勘違いをする方がかえってこのレース結果を正確に理解できないのではないか。ほんの僅か、少しでもタイミングが違えばデルターホウキパで決着するレースは毎年のように繰り返される「血統ファンの空想」の域を出なかったはずである。

淀で岩田の勝利を目にする事ができた人達は実に貴重な体験をしたものだと思う。
私はワイドで幾ばくかの恩恵にあずかる事ができただけである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.10.15

今更ながら小倉競馬のゴール前に思う

今週の週刊競馬ブックにおけるリレーコラム「一筆啓上」での河村清明氏の意見は稀に見る秀逸な内容だった。「競馬ファンの質の低さ」が競馬というスポーツを危機に陥れているのではないか、という一考である。
何年も前から話題に上がっている「小倉のジャンプ馬鹿」はJRAが責任を持って排除すべきである、という意見には賛同者も多いとは思う。

一応彼らの行動背景を考察すると、北九州と言う土地は100万人都市でありながら隣の福岡市に完全に遅れをとった「さびれゆく街」の哀愁漂う都市である。何と地元にテレビ局が1つも無いのは端的な例だろう。ダイエーホークスの試合ですら年数回しかない。彼らにとっての「テレビカメラ」は21世紀を迎えてなお決してありふれた物体ではない。テレビ中継はとても珍しいレアな対象なのである。

そんな彼らにやってくる一年に一度の舞台、それが小倉開催である。「入場料100円で日本全国にピースサインができる。」 この一心で彼ら小倉の子供達は小倉のゴール板前に集まってくるのである。ド田舎の子供達がテレビカメラを見つけると必ずやっていた不必要なピース、小倉開催はちょうどこの極めて低質な大衆精神に根ざした状況が根付き、放置され続けているのである。

小倉の子供達の哀愁に理解を示す意図は全く無いが、重大な事は競馬のレース映像は「競馬」と言うスポーツの根幹にある「記録」という要素の重要な地位を占めるものだという事、まず第一に主催者のものであり、馬を走らせている馬主の為にあるものなのだ。観客のものであるという順位はあくまでその次であるという事である。

もし私が馬主であり、小倉競馬場で馬を走らせ、見事鮮やかに1着でゴールしたその矢先、先のようなカス人間がただカメラに映りたい一心でジャンプしたり、ゴミを放り投げたりしたとする。

私ならまず真っ先に競馬場に怒鳴り込み警備員を走らせ、ただちにその犯人を取り押さえさせる。そして身分が明らかになったところで一般庶民にとってはシャレにならない額の損害賠償請求をする事になる。

一般に馬主は所有馬の優勝レースはビデオ映像を有償で購入してまで、生涯の誇りとするものだ。愛馬が先頭でゴールする、その瞬間の為だけに年間800万円に上る膨大な額の預託料を支払っているとも言える。
レースというものは絶対にやり直しが効かない。これが台無しにされて「ごめんなさい」で済まされる話ではないのだ。

具体的にはレースビデオ作成時にデジタル処理でこの「ゴミ」と化した人間の映った箇所を完全に取り除く修正作業が必要になる。これは特殊で並大抵な作業ではないから相当な費用がかかる事だろう。それは行為を行った本人が当然の責任を持って支払うべきだ。

また、馬という動物は非常に繊細な精神を有する動物だ。これを解せずゴール板という勝負の最も大事な瞬間、その刹那、マークカードなどを投げ上げられたが為に、所有馬の精神面に何らかの傷を負ってしまう可能性も十分あり得る。それにより、所有馬が積極的に先頭でゴールする事を望まなくなった場合、その経済的損失は1000万、2000万の単位では済まない。JRAに所属する競走馬とはそういう動物なのである。何も考えずにはしゃいでいるだけだろうが、そのリスクは競馬場で十分周知させておくべきだ。

ズームイン朝の日テレ本社前中継とは訳が違うんですよ、はしゃいだだけで馬の所有者から何千万という損害賠償を請求されるリスクがありますよ、と。

小倉で自分の所有馬の晴れ舞台を台無しにされ、憤懣やるかたない馬主の方々は相当な数に上るだろう。いつまでも指をくわえていないで、行動に移すべき時が来たと思うのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.06.04

帝国崩壊につき

マイネルブルック死亡、コスモサンビーム再起不能、大将のコスモバルク惨敗。そして、勝ったのはノーザンの持込で、2着から7着がサンデーサイレンス産駒である。考えられる限り最悪の完敗。
山本一生氏いわく、「マイネル軍団壊滅す。」の一言は今年のダービーを表すに最適な表現だと思う。

これを引き起こしたのは「身内のはずのマイネルマクロスの暴走」にある、というのも衆目の一致するところである。
よくよく考えれば、明快に地方騎手進出に反対していた卑小な人物、後藤浩輝が作り出したレースである。仮に後藤にその意思が無くとも、仮に調教師がオーナーの意思に反してコスモバルク潰しの乱ペースを指示したとすれば、後藤は間違いなく調教師の指示を飲む。それが騎手として最も効率的な選択であるから、邪推ではなく、冷静な推測として成り立つ。それが絶望的なJRAの閉鎖システムなのである。

ゆえにマイネル軍団の進むべき道は、「コスモバルク路線を徹底的に突き進むべし」であって、絶望的な苦悩からは比較的早く解放されたのではないかと思う。

プライベートな苦悩に比べ、パブリックな苦悩は問題点がはっきりしている分だけ幾分シアワセなものか・・・、これも小市民ゆえのたわ言なのだろうか。 などと、一思案。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2004.05.10

一般人が競馬を論評する権利

結論を言うと、このタイトルについて競馬業界人の大半は「そんな事を言う・言われる権利などない。」「素人は黙って見ていろ。」と思っている。それが私が直に感じた空気感だ。

くだんの天皇賞のような大凡戦について全く無風の報道は「そんなつまらない事をほじくり返してくれるな。」という競馬界の「内側」のムードがそうさせているのだろう。

最近私が気付きだした事は、競馬社会は「旦那」文化で成り立っている業界である、という事である。
騎手や調教師に批判することがイケナイ事であり、批判されると彼らが反射的に態度を硬化させる、あるいは嘲笑するのは、「旦那」という絶対的な「上」の立場の者がする事は、「下」の者には真似が出来ないから批判も出来ない、という構造によって成り立っている。

例えば、騎手の騎乗が素人目からも明らかにレベルの低いレースがあったとする。
これに競馬記者や競馬ファンが批判をしても、競馬業界がそれを真摯に受け取る事はまず無い。「だったら、おめえが乗ってみろ」 こういう反応を示すのである。

「できねえだろ、だったらケチをつけるな」「はい分かりました」こういう世界である。

これは何も騎手や調教師に限ったことではない。育成牧場で働く素人上がりの乗り役でもこういうテングの発想で自尊心を保っているのが現状ではなかろうか。
そもそもこの業界はいささかの謙虚さを欠いているのに加えて、誰のおかげでこの業界が存在し、お給料がもらえているのかという根本を理解していない。 「ウチの社長が給料を出してくれる人だろ」「馬主さんが競馬を支えている人だろ」という程度に理解するのが目一杯かもしれない。何しろ競馬業界人は直に競馬ファンに触れて生活していないのであるから仕方が無いといえば仕方が無いが、私はまるで同情する気にはなれない。 「だったらおめえできんのか」と記者の質問に答えるスポーツ選手がいるのは世界を探しても日本の競馬界だけだからである。 こういうアホには野平祐二の感性や理想がまるで伝えられなかったんだな、と落胆せざるを得ない。

消費者、買う側の立場は、その対象物を自分で生み出せないから当然の如く金を支払うのであり、「おめえがやってみろ」と言われて出来るような事をしていて、お金はもらえるものではない。そもそも「旦那」文化は商業の原則に即していないのである。

一般企業は当然他の誰にも出来ないモノやサービスを生み出して、買う立場の人へ提供する。それに留まらず買った人のクレームやグチを口答え一つせず生真面目に、場合によっては感謝すら示して聞き入れる事で、より水準の高いモノやサービスへと進化させ企業を成長させる。それが働くという事であり、商いという事であり、お金を貰うという事である。

何をアホらしい事を長々と、と思われるだろうが、競馬で働く人間の大多数はこの程度のマクドナルドのバイト研修レベルの事も理解できていない。できていれば衆人注目の場において、人前に出る最低限の格好もせず変なプライド丸出しでだらしなく競馬場のパドックを周回するなんて様はありえない。 (この面での理解度は日本の公務員や金融業界も同程度だから、気を落とす事ではない。)

批判が無いからプレッシャーが無い、だからまた同じ間違いを繰り返す。三菱自動車とJRAの競馬はどこか同じニオイが漂っている。それを一般社会で生活するファンは敏感に感じ取って、競馬から距離を置いているのだ。

JRAは軽薄短小な「ライト層顧客」を中心にした利益構造を目指していると公言して久しいが、彼らライト層を相手に商売をするのは並大抵ではない。それは現在の有様を見れば明らかで、相当な数のライト層顧客は競馬から立ち去ってしまい、にもかかわらず新たな顧客を想像しているとは言いがたい。

社長であるJRAが適切なメッセージを発しないから、社員達がダラけて好き勝手な事を始める。競馬が抱える問題はここにあると思われる。
一刻も早くJRAのトップが、「このレースはJRAの売り上げに貢献したか否か」「この行為や発言はJRAの売り上げに良い影響を与えるか悪い影響となるか」と強力で明快なメッセージを日常的に発信する体制を確立する事が必要であると思う。事務次官上がりの官僚にそれをせよ、とは言わないが、それなら高田延彦的な立場の人間を営業統括本部長に抜擢してダイナミックに組織を動かすという手もあるのではなかろうか。

これを核に一般的な外部の意見が相乗りする形で一定の影響力を発揮する言論形態。この言論形成が最も「日本式の競馬」にとって良い形態だと思われる。

これに真っ向から異を唱える、という業界人がいるとすれば、それだとあなたの生活水準は大きく低下しますよ、と申し上げるだけである。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2004.05.04

続・天皇賞春という名の1600万下条件レースを分析する

天皇賞で無様なレースをし、JRAの中心顧客である「ライトな競馬ファン」の大半をひどく失望させ、馬券購入意欲を大きく削いでしまったという、経営上の大打撃を与えた主要な騎手達のコメントが出揃った。

「今日はずっと掛かっていたからね。何とかなだめて乗ろうと思ったけど……。」(リンカーン・武豊)
「3角を回ってからマクッて行くつもりだったが、そこで手応えがなかったものね。」(ザッツザプレンティ・安藤勝己)

リンカーンは折合いを欠いてレースどころではなかった。ザッツザプレンティは状態が本物ではなかった。
では、このレースを制すべきなのはゼンノロブロイかネオユニヴァースであった、ということになる。

「前半幾らか行きたがる素振りは見せたが、すぐに折り合いはついたからね。いいレースができたと思うが、勝ち馬にまんまと逃げ切られる展開ではどうしようもないね。」(ゼンノロブロイ・オリヴァー)
「ザッツザプレンティとリンカーンを追い越した途端、手応えがなくなってしまった。」(ネオユニヴァース・デムーロ)

距離はこなせた、とオリヴァーはゼンノロブロイを評している。位置取り的にも捕まえに行くのはまずゼンノであるべきだった。ところが4コーナーを過ぎてもアマノブレイブリーとシルクフェイマスすら追い越さなかったのは「凡プレー」というべきだろう。豪州の名手であるオリヴァーだが、日本での経験は非常に少ない。陣営も後方を意識させるような指示を与えていたはずだから、自分の仕事はした、という気持ちだろう。ただし、結果から見れば勝てるレースを落としたのだから凡プレーだ。

デムーロは有力馬(といっても本来のレースをしていない2頭)を抜いたら余力は無かった、と発言している。これを距離的なものにしたがっているが、4コーナーを10番手で通過しており、この時点でもまだ前述の2頭を抜いていない。4コーナー手前からあまりにも急激にトップスピードを要求してレースをさせたが、良い脚は少ししか使えなかったという事だ。その急激な騎乗がネオユニヴァースには合わなかった、というだけ。3コーナーあたりから積極的に自分のペースで進出していたらバテることは無かったのではないか、と思われる。デムーロでは、二冠馬ネオユニヴァースの個性を引き出すことができていない、と私は考える。

では、最も勝てる位置でレースを進めたシルクフェイマスの四位はどう振り返っているか。

「流れが遅くて、自分から動いて行くしかなかった。この馬自身、折り合いに不安もあったので大事に乗り過ぎた感じもあるけどね。でも、この流れで3着にきているんだからね。流れが違っていたらと思うと悔しい。」(シルクフェイマス・四位洋文)

大事に乗りすぎた、と反省はしているが、3着に来ているから文句は無いはずだ、という弁である。オマケに「流れが違っていたらと思うと悔しい」と弁解しているが、ちょっと待て。流れを変えるのは、「上位人気で2番手追走」のお前の役割だろう。…もう勝負事のセンスが無いのだろう、としか思えない。

また「大事に乗りすぎた」という表現はJRAでは蔓延しているが、単純に「消極的なレースをした」と言っているだけである。勝負勘に欠き、消極的な性格、こういう騎手に大役を任せるのはもう無理がある。さっさと関東に移籍して裏開催に専従してはどうか。

「他のどの馬も動かなかったし、」(サンライズジェガー・福永祐一)
全コメントの中で最も呆れたのはこれである。
昨年の2着馬に乗って、この発言。このレースで最も騎乗馬とその馬主を軽んじた発言である。

といっても、福永祐一のような呆れる騎手でも8番人気で8着だし、賞金は取れたから文句は出ないだろう、という考えがあってのことだろう。
8着まで賞金が出るシステムがあるから、全ての騎手がこのようなだらしないレースを観衆に提供してしまうのである。

性急に3着以下に賞金を出さないシステムにせよ、とは言わない。未勝利、条件級でそれをやると大半の馬主がパンクしてしまうからである。だが、重賞やG1といった公衆の面前で大々的に実施する大レースについては賞金配分バランスを大きく変更しなければ騎手の意識は変わらないだろう。

今後もJRAの売り上げは落ちると思われ、賞金の削減もいつかは出てくるだろう。その際には大レースの下位着順の賞金をカットする方向で論議を進めていってもらいたい。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2004.05.03

天皇賞春という名の1600万下条件レースを分析する

明らかに白山大賞典を勝った当時の出来にすらなかった10番人気のイングランディーレが悠々と最高峰のG1を制してしまった。

この天皇賞の水準がいかほどだったのか、ペース分析上は昨年のヒシミラクル型に近いが、残り1800m~1600m地点で発生する「中休み」のラップが昨年はゼロだったのに対して、今年は1度計測されており、追走には余裕がある展開だった。
また、ラスト800mからの「スパート」においても、凡戦と称された昨年ですら11秒台を2度記録しているのに対して、今年は1度。後続差し馬が追いすがる末脚は全くもって鈍いものだった事の証明だ。

良い物差しになるのがブービー人気のアマノブレイブリーである。同馬は何のプレッシャーも受けずポツンと二番手をマイペースで走り切ったレース振りがいかにもペースメーカー的だからである。アマノブレイブリーは前走の大阪ハンブルグカップのクビ差2着が能力の適性値とみなして良く、アマノブレイブリーに先着できなかった馬は全てオープン特別で勝ち負けする能力すら出せていなかったと考えてよい。

つまり、G1勝ちor2着の経験があるサンライズジェガー、ネオユニヴァース、ファストタテヤマ、リンカーン、ザッツザプレンティの調整過程に何の落ち度もなかったとした上で、これらに騎乗した福永祐一、ミルコ・デムーロ、安田康彦、武豊、安藤勝己の5名はこの歴史的大凡戦の責任を一手に背負う必要がある。(ファストタテヤマに展開を期待するのは土台無理な話であるし、ザッツは調教時計が目立って悪かったので、安田康彦、安藤勝己は除外を検討する余地がある。)

調教の出来を見る限りでは、ネオユニヴァースの出来がズバ抜けていたので、デムーロは積極的に3コーナーでイングランディーレを捉える位置に真っ先に進出すべき。菊花賞で三冠を逃したショックを思い出すのも無理は無いが、昨秋のネオユニヴァースと昨日のネオユニヴァースは全く別物というほど出来が違っていたのは明白。馬を信頼できなかったのは騎手の責任である。
大観衆を集めて最高の舞台で行われたレースをオープン特別の大阪ハンブルグカップ以下にしてしまった責任は重大である。厳しいブーイングを課すべきだ。

騎手たちが錯覚した要因を探ると、序盤でタンタンタンと12秒フラットで逃げたイングランディーレの大逃げを、昨年ほぼ同ラップで逃げたアルアラン(16着)を重ね合わせたものと推測される。アルアランもイングランディーレもダート長距離の逃げ馬だが、イングランディーレは芝の長距離重賞ホルダーであり、スタミナを警戒する余地はあった。
(逆説的に言えば、さほど出来が良くなかったイングランディーレは「最初の600mの軽快な先行」がG1初制覇の決め手であったとも言える。)

イングランディーレへの警戒感のなさを一番さらけ出したのは、実は3着に入ったシルクフェイマスの四位洋文である。2番手で追走しながら勝負どころを過ぎてまで「イングランディーレが自動的に下がってくるだろう」という前提で2分半もレースを進めた。3コーナーの下りに入ってからあの手応え、あの距離を詰めようとするのは遅過ぎる。センスを疑う。四位の判断に他の有力馬の騎手全員が騙された、と言っても過言ではない。それくらい2番手3番手に位置する騎手の判断は重要な役割を持っており、そのレースの質を決定する存在と言うべきものだ。
結果を見る限り、四位洋文には「長距離競馬のペース判断をするセンスが絶望的に無い」、と断言してしまえるのが今年の天皇賞だ。(はじめから3着確保を狙った騎乗ならば、まさに神の領域ではある。)

とかく最近の騎手は、「まず有力馬ありき」で作戦を組み立てがちで、「まず逃げ馬をどの形で捉えるか」から作戦を立てていないフシが見られる。自分より前に馬がいる限り、競馬というスポーツは負けとなる。この大前提をあまりにも軽視した認識の甘さは、もうそろそろ反省すべき時期に来ているのではないか。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2004.04.16

コスモバルクが皐月賞馬となる意味

2億、3億で取引されるのが見慣れてしまった社台サンデーサイレンス勢に対して、100億円超の巨額赤字に苦しむ倒産寸前の道営競馬から挑む、わずか400万円で買われたコスモバルクが挑む。
これほどシンプルな図式で楽しめるクラシックも久しぶりだ。

一般には、これにこだわった構図で進むのは間違いないが、ここでもう一歩踏み込んだ考察を試みる。マイネル・コスモのラフィアン勢はもっと多くのしがらみを抱えた存在だからだ。

ラフィアン勢の中心となる弥生賞馬コスモバルクは単なる道営所属の雑草ではない。道営外厩認定第一号のビッグレッドファームという国内屈指の素晴らしい環境と、驚異的なハードトレーニングで完成された「サイボーグホース」の趣を持つ。コスモ冠名の馬は馬主達の共同所有の形式を取っており、形式的にもマイネルよりもオーナーの意向が強い。ラフィアンの姿勢に理解のある馬主を後ろ盾に思う存分ハード調教を課されたとっておきの一頭だ。過日のミホノブルボンに近い挑戦的なクラシック候補生と言えるだろう。
配された鞍上は道営のトップジョッキー五十嵐。外人騎手に匹敵するパワフルな手腕とJRA騎手の何100分の1という低出入にあえぐ環境がもたらす本物のハングリーさはJRA勢にとっては脅威。五十嵐にとって今週の皐月賞は「いつものGI」ではない。人生最高の大勝負の意気込みで臨むのは間違いない。

このご時世に競馬開催ストをチラつかせて平然と賃上げ要求をするJRAの厩務員達への風当たりは厳しくなるばかりだが、一牧場従業員達と倒産寸前の競馬場の調教師が仕上げたコスモバルクは間違いなくファン心理を掴む事だろう。
そして、このコスモバルクがGIを勝つ、という事は毎年GI開催中止という卑劣な手段をちらつかせて際限無く賃上げを要求するJRAの厩務員達への強烈なカウンターパンチとなるのだ。コスモバルクが勝てば、高給を取るJRA厩務員の存在価値はほとんどなくなってしまう。それだけにJRA勢もこの馬だけには勝たせるな、とあの手この手でコスモバルクに立ちはだかる事が予想される。不運にも大外18番ゲートに入ったコスモバルクがいかにして悲願を達成するか、注目である。

コスモバルクがかつての公営の星ライデンリーダーあたりと大きく違うのはこれだけではない。ラフィアン率いるコスモ・マイネル勢は2歳王者コスモサンビームを筆頭に所属馬が軒並み重賞を制した。そろいも揃って計5頭。フルゲートのうち約1/3がコスモ・マイネル勢である。これだけ僚友が揃えば、欧州の大馬主並みのチーム戦術も可能となるだろう。JRA勢の陰湿な妨害行為もかなり防げるはずだ。

対する社台&サンデーサイレンス勢も武豊のブラックタイドを筆頭に十分な陣容。フォーカルポイントやカリプソパンチ、メテオバーストなど十分印をもらえる有力馬が揃った。

前走で豪快にトライアルを制したブラックタイドは未完成な部分も多く、今のところ極端な後方待機策が当っているが、これで陣営が能力を過信するのは危険だ。マイネル軍団総出でがっちりコースを固めれば、「ブラックタイド追い込み届かず」の図を描くのも比較的容易だ。

これらの要素を加味しつつ、私が個人的に注目しているのは、マイネルブルックに乗る藤田伸二の存在だ。
マイネル陣営に加わる今回だが、ハードボイルド気取りのこの男、非常に縄張り意識が強い事でも知られ、地方競馬出身の安藤勝己の移籍に最も神経を尖らせたと聞く。JRAの騎手以外は当然「敵」であるので、昨夏は函館で派手に売り出していた五十嵐の騎乗にクレームをつけ、騎乗停止に追い込むきっかけを作った騎手である。この男が五十嵐のコスモバルクを快く勝たせるためにチームプレーに徹せよというオーナーの指令に従うであろうか。

トラック1周、延べ2分に過ぎないこのレースには「日本の競馬の明日を占う」と言っても何も言い過ぎではない重要な一戦である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.03.25

ハルウララに怒れる者達

ハルウララに対する見方は競馬に関わる人々の間では今のところ二分されている。

ブームに乗っかろうとする者と、人々の熱狂を冷ややかに見るものである。
批判の多くは、したり顔で競馬の仕組みを語るもの、日本人の熱狂など一過性に過ぎないと軽んずるもの、人によっては、バクダッドの博物館を荒らした盗賊に例えて忌み嫌っている人もいるほどである。いずれも建設的に競馬というスポーツをどうしたいのか、という考えが見られない。

いわく、全く勝てない馬を応援するとは何事か。ましてやそれをダシに荒稼ぎする輩はけしからん。いわく、ハルウララよりたくさん走った馬は何頭もいるぞ。
保守派競馬ファンの指摘だが、私にはススボケた意見にしか映らない。

優勝劣敗が競馬の原則である、というのが「全く勝てない馬を」の批判根拠である。だが、それ以前に日本の競馬は馬券収入にほぼ全てを依存している事を忘れてはいまいか。ハルウララの単勝馬券を買う行為は、サッカーファンがtotoを買う行為よりも何倍も貢献度が高いか、を本当に理解しているのだろうか。

次に、ハルウララよりたくさん走った馬を分かる範囲で挙げてみよう。
ハクホークイン、グレースアンバー、オオトネディライト、サンポーレディ、ウズシオタロー・・・。

立派な連敗馬の先輩達だが、一体誰がこんな字面の馬に自分を重ね合わせるだろうか。

このブームの要因は「ハルウララ」というネーミングにある、という鋭い指摘を週刊競馬ブック誌上で行っているのは原良馬氏である。

不恰好な馬名、不美人な馬名をいただいた馬が日本には多すぎる。それは馬主の自己満足の世界だから仕方がない面もあるが、功なり財を成した「社会の成功者」である馬主達の教養やセンスとは、「○○ダイオー」、「○○プリティー」、「○○ドリーム」、その程度のものか、と鼻で笑う競馬ファンは実際非常に多いのである。これはハルウララに眉をひそめる者達よりも遥かに多いだろう。

このハルウララブームを上手に受け入れられる次の素材があるとすれば、「ユルセ」「アナタゴノミ」「アッチッチ」「ハリセンボン」・・・小田切有一氏の所有馬達しかないという結論に至っている。少なくとも自意識過剰な韓国女優ユンソナに宣伝させるよりよほど広告効果があるだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2004.03.23

ハルウララが背負うもの

長年競馬に関わっているが、オグリキャップ以来の大ブームがよもや日本一弱いハルウララになるとは想像がつかなかった。武豊が乗る、というニュースは今日一日のニュースを独占し、ほぼ全ての番組でトップ級の扱い、競馬場に人は殺到、グッズが飛ぶように売れ、あげく総理がコメントする、と言う日本の競馬界始まって以来の一大騒動になってしまった。おまけに映画化が決定している、と言う話だからもう収まりのつかない所へハルウララは行ってしまった。

確かハルウララは高知の地元新聞が発掘したネタだったと記憶しているが、それも競馬は単なるバクチではない、けなげに頑張っている人と動物がちゃんと生活しているスポーツなのだ、と伝える事で安易な競馬場廃止論に待ったをかける為に必死で現場で拾い集めたネタの一つに過ぎなかった。ハルウララの陰には中津や益田、新潟、上山といった消えた競馬場で誰にも知られること無く消えていった馬達の思いがあるのだと信じたい。

どう考えても不経済で、可能性の無い地方競馬がどう活性化するのか、これまで様々な意見が出たが、結局は補助金を軸にした従来どおりの政治的決着で終わろうとしていた矢先、このブームである。強い馬が必要なわけじゃない、素晴らしい競馬場や設備が必要なわけじゃない、目もくらむような賞金が必要じゃない、地方競馬はちゃんと世間に認められれば生きていける、と言う動かしようの無い証拠をハルウララは日本国中に示した。

アイデアや工夫は全てを凌駕し、不可能を可能にする。千人以上競馬場に来たら何事か、という高知競馬に競馬場に入れないほど全国から観光客が大挙し、台風のように経済効果を発揮していった。とはいえ、日本全国の地方競馬にハルウララを興行に回すわけにも行かないだろうし、二番煎じには誰も食いつかぬところが難しい。アイデアの核の部分で他の競馬場は努力してもらいたい。「小さくたって何がいけない?」の健全な精神を持つ事が全てだと思う。

ハルウララは所詮高知だけの珍現象、と陰口を叩くべきではないだろう。高知市民ですらほとんど場所を知らないあの小さな競馬場が満杯に膨れ上がって、老若男女が歓声をあげ、負けても全員がにこやかな笑顔で拍手を送り、穏やかに競馬場を後にした。競馬というスポーツに対して「癒し」のイメージを新しく作り上げ、日本中にそのニュースを流したハルウララの功績は疑いようが無いと思うし、競馬界全体にとっても非常に利益をもたらすと思う。このままNARが年度代表馬の特別賞あたりを与えても決して調子に乗りすぎではないと思う。

小さくみすぼらしい鹿毛の牝馬は最果ての競馬場で小さな1勝を目指して走り続ける。しかしその内に彼女は競馬という存在そのものの価値を塗り替える、という歴史的なレコードタイムを叩き出していた、とでも言えばいいだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2004.03.22

クラシック前哨戦

スプリングSが終わり、皐月賞のメンバーがおおむね出揃った。
武豊が昨年から「ダービーが楽しみな年」と口にしているようにブラックタイド中心でクラシックを迎える流れが出来た。ただ、スプリングSの勝ち方は個人的には悪い癖がつかなければいいが、という不安がそれなりに残り、代打騎乗の横山騎手の騎乗はあまり手放しに賞賛できないように思う。極端に言えば、コスモサンビームが本調子に至ってなかった今回のメンバーならどんな展開でも勝てるくらい能力が抜けていたからだ。

トライアルは往々にして目線が優先出走のみを争うレースになりがちで、本当の意味で勝負がかった厳しい展開にはならない。今回の大マクりの戦法は二度と通用しないくらいに考えておかないと、三冠全て一番人気で無冠だったメジロブライトという悪い例があるし、近い例ではサイレントディールもいる。池江厩舎の馬は強気で攻めてナンボくらいの地力は持ち合わせていると思うのだ。

ブラックタイドは過去のサンデー産駒の中でも屈指の素質馬なのだから、メジロマックイーンを髣髴とさせるような憎たらしいまでに強気なレースを志向していってもらいたいし、そういう理想像を追いかける一年になると個人的には考えている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)