2005.04.28

列車死亡事故に思う

私の実家の沿線もJRで、同型の列車が走っており、この沿線の駅も使ったことがあるから他人事という感覚ではなく、人一倍ゾッとしたのだが、むしろ時間を追って死亡者のカウント数字がゲームのように加算されていく様に、またそれをアテモノのように話題にする我々に何よりも気味悪さを感じた。

安全崩壊:JR西日本惨事/上 同じ失敗許さぬ重圧

こういう記事を見ると、脳ミソ筋肉企業が引き起こした災害という点で雪印や三菱自動車あたりと一括できる。

役員たちがふんぞり返ってポケットに手を入れて安置所にやってきたとか、他に遺体を「持って帰りますか」と言った社員がいたとか、こういう話を聞くと、「心の教育が必要」なのはむしろオッサン達じゃないの、と言いたくなる。

・安全(危機管理)をケチる
・隠し事をする
・無意味な、非論理的な強制、教育

を実行すると甚大な被害をもたらす、という事。
別に関西に限らず、日本全体に伝統的にはびこっている病巣という感は強い。
JR西日本を批判できる立場にあるとはとても思えないのが、国民を情報操作し他国からの危険にさらしている報道(特に弛んでいるテレビ関係)や政治だが、彼らを形作っているのは我々国民一人一人の「非論理性」「体育イズム」ではないかと思う。

口先だけでお悔やみを済ませるならクルクルパーのオッサンやオバハンでもできる。
本当の鎮魂の意を示すのであれば、事件を教訓として一人一人が自らの心を改める、という事ではなかろうか。

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2005.01.20

バカでマヌケな朝日新聞

「3日でバレる金正日政権支援デマ全国キャンペーン」を行った朝日新聞社は破壊活動防止法違反であり、厳重な国民の監視下に置くべきである。

朝日新聞や赤旗の意見はもっともで、マスコミに政治的介入などあってはならない。まったく正論である。
自民党がどうという以前に、北朝鮮の工作員が紛れ込んで左翼偏向歴史番組を制作、放送している時点で大変な問題で、あってはならない事だ。この騒動は「オウム真理教を賛美する特番」を作ったのと同じ事や、と話したら誰にでも割とすんなり理解してもらえる。


「自分勝手で無責任、メチャクチャなくせに善人面したオトナばかりだから、今の若者達は将来に絶望して生きる気力を失っている。」
普段は回りくどく自己弁護の多い「人気占い師」がこんな事を言っていて、珍しく筋の通った意見だと感心したものだが、思想信条は別にして朝日新聞社という会社はまさしくこれを代表する社会の病巣のような存在である。


「日本国民の国営放送NHK」において、下記のような「気味の悪い面々」による「気持ちの悪い番組」が放映される。
(各人の名前をググれば何をやってきた人々か、調べがつく)

池田恵理子(VAWW-NET-JAPAN運営委員、NHKエンタープライズ21プロデューサー)
松井やより(元朝日新聞記者)
鄭南用 (日本国からビザ発給を停止されている北朝鮮工作員)
黄虎男 (日本国からビザ発給を停止されている北朝鮮工作員)

そして
長井暁(当時のNHKチーフプロデューサー)

何を思ったか、4年も経って「安倍晋三幹事長と、中川昭一経済産業大臣に圧力を受けて不本意な編集をさせられた」とウソ会見。 支持したのは、NHK労働組合、NHKエンタープライズ21、朝日新聞社民党、戦争と女性への暴力・日本ネットワーク、である。

スキャンダルを画策した朝日新聞とテレビ朝日、および思想に追随する新聞社だったが、NHKからノシをつけて完全否定され自爆確定、存亡の危機、という状況である。

報道の自由?、政治とマスコミ?
このような「いかにも大事そうで小難しい言葉」で報じる姿勢は「読み手を騙し」「事実をゴマカし隠蔽するデマ」の意図を持った「イカサマ」であると断言できる。


この件において大切な事は、
「NHKにおいて北朝鮮工作員および一味が"存在すら許されない悪質な番組"を製作していたという事実」
「不自然なタイミングで長井暁が会見した理由」
「北朝鮮問題以外に接点の薄い安倍、中川両氏がなぜかセットで槍玉に挙げられる"3日でバレるウソ"の必然性」

であり、国民の関心事である。

このように正面からニュースを扱わない行為は、「やる気の出ない無気力国家作り」に精を出しているのと一緒である。(もちろん、ニュースを無視して誰も興味の無いサッカー北朝鮮代表ネタ、在日朝鮮系3流映画ネタ、でゴマカそうとする様も同様に小ざかしい真似である。) その点では振り込めサギ集団と同じであり、風俗嬢の方がよほど立派に見える。


という訳で、この件に関してはクライン孝子氏の日記が最も簡潔で正確で、短時間で概略が掴める。

トラブルを読み解くコツは「困ったのは誰か」と順を追って挙げていく事なのだが、まず対応に追われるNHK上層部が災難であり、それ以上に困っているのは北朝鮮および国内の極左集団であると想像するのは実に容易である。

半日もしないうちからニュースの裏側が次々と明らかになるような低次元なデマで国民は騙せるというのが朝日新聞社の会社判断だったのであるから、これほど日本国民を馬鹿にした企業もあるまい。

それにしても日本の共産主義者は、小学生レベルの知恵しか出てこないんだなぁ、と実にほのぼのした気分にされられる事件である。

肝心な時にやるべき事をやって経験をしていないと人格が一部抜け落ちた恥ずかしい人間が出来上がってしまいますよ、という分かりやすい例であるという思いを強くした。「ねっとりとした見事なバカっぷり」は低脳な人間特有のものだ。

自民党の皆さんには迷うことなく経済制裁で北朝鮮を締め上げてもらいたい。相手の方から「それをやったらシンジャウヨ~」と訴えてくれているわけですから。 そして次はスパイ防止法の早期成立であり、日本版CIAの設立、と粛々と進める事こそが「未来に希望の持てる国づくり」なのである。

最低の独裁者が支配する、世界最貧国の1つ・北朝鮮が滅び行く「断末魔の一つ」なのだろう。
とりあえず、朝日新聞の幹部もろともゴッソリ牢屋に行かないと若者は学び、働く気力など起きないと思うのだが・・・。

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2004.07.02

「命の大切さ」は教わるものか?

長崎の小学校で事件が起こった事で、「カッターナイフの所持管理」「パソコン教育の見直し」など、また日本の学校はアホな対策を打ち出している。そしてまたいつものように「命の教育」が繰り返され、子供達は生きる気力を失っていく。

子供達が忘れ去ろうとしている心の痛みをわざわざえぐり出すような下劣な作文を書かせて発表させたり、障害者や自殺経験者などのハンデキャッパー達のトークショーを聞かせて、年端も行かぬ子供達に命の大切さを「分かったような気にさせる」プログラムに熱が込められるのだろう。大体、さして興味の無いクラスメイトの心情吐露や悲惨な家庭環境を聞かされたから仲良くできる、というほど人間の心理は都合良くできていない。

こんなオトナの論理の自己満足なのだから、あいも変わらず「学校の教育」に効果は期待できない。競馬で言えば、昼休みの賑やかしに過ぎぬジャンプレースを中途半端に充実させて競馬の人気がアップするのか、といったところだろう。
期待値の低い仕事を疑問も持たずに実施するなど企業経営的には到底信じられない話である、とだけ言っておこう。


そもそも、「命は大切だ」と誰が決めたのだ。
そういう根本的な部分でそんなものは当然だと思っているから日本は勘違いしたまま突き進んでいるような気がしてならない。

言うまでもなく豊かな社会に住む人間にとっては命は大切だ。だが、貧しく恨みや怒りしかない社会に住む人間にとっては命は何の価値も無い。自分の子供達の未来に絶望しか残されていないとすれば、マトモで責任感のある人間なら自分の命を捨てても何かを変えようとする。だから自爆テロが賞賛され、支持されている。

この「命は大切」説は、神様から賜った命だから大切、というところからスタートしており、極めてキリスト教的な宗教観では無いか、と私は思う。だから日本人である私が「命の大切さ」を耳にするとお仕着せがましさを感じるのかもしれない。

生にこだわる事の馬鹿馬鹿しさと死への無常感を説くのが仏教であり、武士道精神である。極論を言えば、生きることはそもそもくだらないし、死なんぞはありふれていてもっとくだらない、というのが仏教的死生観であろう。

私自身幼少の頃、骸となった祖父の姿を見たのが人生観の原点となっている。家族の死を経験する事が困難になっている現代において子供ながらに「死」への無常観を体験していたのは幸運だったと思う。

私は生の素晴らしさには賛同するが、命は大切だとは考えていない。
死を知らぬがゆえに、必要以上に死に期待し、過剰な価値を求める現代の人達の思考は分からいでもない。
生への素晴らしさを知る側面として「死」が厳然と存在しているのだから、それを避けて生きる意味を説いても白々しいだけである。情報化社会となった現代においてご都合主義は認められない。


「生きてるだけで、まる儲け」「死ぬ気になったら何もできる」「同じアホなら踊らにゃそんそん」の方がよほど日本の精神に即しており、しっくり来るというものだ。

そんな事を考えていれば、死がありふれたところにあり、輝かしい生の素晴らしさを感じ、、未来への期待と興奮があり、自己責任で金銭的損失を経験し現実の厳しさを実感する、競馬という遊びは意外と「命の教育」に役立つものではないか、と思うのである。

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