2005.08.15

ありがとうの日

8月15日は、ごめんなさいを言う日ではない、と思っている。
ウチのじいさん、ばあさんに心からありがとう、を言う日だと思っている。(ちょっと遅くなってしまったが)

(よほどのレアケースを除いて)その時に生き抜いてくれたからこそ、僕らがいるんであって。
あぐらかいて高校野球がどうしたなんて言ってられるのは、僕らのじいさん達がそれからめちゃくちゃ頑張ってくれたおかげである。
今となっては、同じ話ばかりするうっとうしい老人かもしれないが、この日にがっくり落ち込んで引きこもりになったり、今のイラク人みたいに暴れ回ったりしていたら、今の日本は絶対に無いのである。僕らは普通に穏やかにありがとうを言う日じゃないのか。

間違っても、にほんがわるいことをした、なんて今更言う日ではない。
わざわざこの日に歴史がどうとか言うのは、マジ演技してる劇団ひとりみたいなものではないか。

まあ個人的なことだが、つい最近ウチのじいさんは死んでしまったから、こちらにゃ心で「ありがとう」と言うしかないが、遺品を整理しているときに出てきたのは、20年以上前に僕がクレヨンのようなもので書いた手紙、日記のようなもの、社報、30年以上前の阪神タイガースグッズ、あと軍務履歴書。
いやいや、ウチのじいさんは虚弱体質の上等兵に過ぎない。だから戦争は自慢にもならないと思う。けど、一生捨てられない「大事な時間」だったんだろう。それだけは伝わった。

ところで最近、インリンなるB級タレントが最近始めたBLOGを見たが、意外にもうんざりタレントだと分かった。半分狙っているのだろうが、とても時代遅れでセンスが悪い。(外タレだからってこの方向性は賞味期限短そうだぞ)

ちなみに今日は、平和を愛する私としてはマジ許せない事が東京で起きました。

日本の侵略戦争を否定して美化してる人達が作った歴史教科書杉並区採用したんです(>_<)

日本人は過去の過ちを認めて反省して教えて、そしてアジアの国と平和な未来を築くべきだと思います。

815の今日こそ、私が皆さんにお願いしたいのは、
9
11には、こういうすばらしい憲法を守ってくれる人だけに投票しましょ!

歴史教科書についてはウィキペディアの記述見れば5分で分かるし。(反対派が気味の悪い団体だという事も)

残念だけど、インリンの言う「平和」は汚らしい「平和」にしか聞こえない。(ギャグなんだろうけれど)
本当の「平和」を作ってきた人達はね、僕らのそばにいるからね。中国系のあんたにゃ言われたくは無いのだ。

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2005.01.10

早くも本年最高の収穫

わずか7年でつるべ落としの凋落を続ける競馬界だが、2005年、競馬ファンは素晴らしい収穫を得た。グリーンチャンネルにおいて土曜午前の関東版を見れば良い。それだけで理解できよう。

新しく司会の席に就いた石山愛子の登場は、サッカーで言うところの「中田英寿のセリエAデビュー・ユーベ戦」、フィギュアスケートに例えれば「安藤美姫の04年世界選手権」、競馬界に例えれば「83年鈴木淑子、スーパー競馬に初出演」に匹敵するものである。
余計な修飾を削げば一言、ただものではない。

グリーンチャンネル、新年早々グッジョブである。

もともと北海道ローカル局の出身で、当時から結構な人気アイドルアナウンサーだったのであるが、そこで満足せずフリーアナウンサーをやっている点は褒められたもんだと思う。個人的には、当時のニュース地方中継なんかで僅か数分見たことがある程度だったが、下手なアイドルを軽くいなす位の強烈な存在感を残していた。(フォト日記見るのが一番良いかと。)

現在もBSでJリーグの番組を仕切るなどNHK方面に強い本職のプロ・アナウンサーなのであるから、技術面に不安はなかったのだが、競馬というジャンルは特殊な用語が非常に多く、カタカナ9文字の馬名など素人にとっては早口言葉の羅列に等しいものである。それを完璧にこなしている様は驚嘆に値する。

そう言う事情があり、競馬ファンは女性司会者については、お飾り程度、ヘタウマな落書きを見る楽しさくらいしか期待していないものだから、石山愛子は鮮烈なインパクトを与えているのである。

前任のデキが (というより生来のものと思われる性格の悪さが)あんまりだったものだから、過剰評価している部分は否めないとは思うが、客観的に見ても (目つぶって番組進行を追っても)、日本最高峰の競馬司会者、関西の大御所、出光ケイと比較しても何ら遜色ない。

早い、上手い、可愛い。石山愛子、恐るべしなのである。

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2004.03.22

長介が死んだ

ニュース速報の字幕を見て、有名人の死で久々に喪失感をしっかりと感じた。
既に2chでも異例の速度でパート35まで書き込みが続いており、ざっと3万5000件以上の書き込みがあった事になる。しかも内容は思い思いに弔意を込めた熱い文章がほとんどで、涙を誘うというよりは、共に涙してしまう書き込みが多い。ドリフ文化がいかに日本人に深く影響を与えたかの一つの証拠であり、あれだけ社会に憎まれたドリフのリーダーとして、してやったりの思いのはずだ。

ドリフという「反社会」のリーダーであり、また一方で社会の常識を徹底してコントで演じる事で我々に社会の仕組みを教えた先生だったように思う。あれだけの個性派を率いたリーダーは下手なロックスターよりも遥かにカッコ良かった。間違いなく僕達のヒーローの一人だった。
とはいえ、今こそリーダー不在の日本にはいかりや長介のような強烈なリーダーが必要だ、といった主張はもはや世間に受け入れられないだろう。何より自身が一番それを読んでいたように思う。

いかりや長介の生き様は、全盛期の強烈な個性とは打って変わって晩年の穏やかで含蓄にあふれた俳優としての姿が加わって、より共感する人が増えたと思う。カッコ良く一歩引いて、なお若者を惹きつけてやまぬ個性、私を含め多くの男がやがてはこうありたいと思ったはずだ。日曜の朝っぱらから、入れ歯喋りでこれ見よがしに政治を語る元総理の往生際の悪さとは対照的で、人を率いて、人を惹きつける男の姿とはどうあるべきか、死して語らぬいかりやは能弁に僕達に教えてくれた。

日本人のほとんどはテレビでしかドリフターズを知らない。けれども、風呂に入って何気に鼻歌歌ってみんなふっとアンタを思い出す。それは凄い事なんだよ。

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